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 どうやら、俺は罪に問われないらしい。正直、驚きだ。  カワイが無罪判決を下しているから、ゼロ太郎も俺を責めなかったのか。ゼロ太郎の態度に、俺はようやく納得する。  だけど、伝えるべきことはちゃんと伝えよう。俺は一度、しっかりと姿勢を正す。 「カワイ。今まで、避けちゃってごめん」 「うん、いいよ。赦す」 「これからは、もう避けないよ。……だけど俺はカワイに対して下心があるので、不快に感じたら直ちに言ってください」 「うん、分かった。これで、今まで通りのボクたち。……だよね」  カワイの言葉に、俺は何度も頷く。どうやら本当に、これで仲直りのようだ。カワイの心の広さに感動が止まらない。  だが突然、カワイは薄く口角を上げた。それは【微笑み】ではなく【不敵な笑み】に近い笑い方だ。 「じゃあ、今までのヒトに対するバツゲーム。……ヒト、教えて。今のヒトに、好きな子はいる?」 「好きな子かぁ。うぅ~ん……」  なんと、予想外。カワイがストレートを打ち込んできたではないか。ボディで受けよう。  実際のところは、今すぐにでも言ってしまいたい。俺が好きなのは君だよ、と。  でも俺は、意気地なしだ。俺とカワイの関係を、進められない。まだまだ足踏み状態だ。  俺はようやく修復したこの関係を、俺の気持ちを告げることで手放す可能性に怯えている。だから、まだ言えない。  だけど、カワイに対して誤魔化すのはもう嫌だとも思う。だから俺は、求められていることとは違うけど、それでも【俺の答え】を口にした。 「俺の【好き】は、眠っている子の額にキスをしちゃうことだよ」 「……額に、キス?」  俺の答えを受けて、カワイは考え込む。それからポツリと、きっと誰かに聞かせるつもりなんかない言葉を零した。 「──いつか、されたいな……」  ……えっ、と。それって、つまり? 考えて、俺は心の中で首を何度も横に振る。  いやいや。そんな、まさか。……だけど、会話の流れ的には喜んだって罰は当たらないはずだ。 「困ったなぁ、本当に。きっと『愛しい』って、こういう気持ちなんだろうね」  そう答えて、俺はカワイの頭をグリグリ~ッと撫でた。それから、ツンツンとカワイの体を肘で小突く。 「まさか、カワイが真面目な顔で冗談を言ってくれるなんてね。いつから君は、そんなウィットに富んだ男になったの? うりうり、うりうり~」 「肘で小突かれると、少しくすぐったいよ」  スキンシップを再開し、俺はカワイに笑顔を向けた。  今の関係性をどうこうする勇気は、まだない。だからせめて、現状維持だけでも努めよう。  と言うことで、俺はすぐさまカワイに頭を下げた。 「と言うか! 毎度のことながら起きるのが遅くてごめんなさい! そして、今日もお料理のいい匂いがしますねッ! おいしいご飯をいつもありがとうございますッ!」 「わっ、驚き。ヒトの圧が、すごくすごい」  俺は俺らしく、明るくて楽しい日々をカワイと過ごしたいから。今まで通り、ひょうきんな俺でいようじゃないか。  さて、これで元通りだ。俺はようやく、ベッドから降りる決心を付けた。  ……って、あれ? 今、ベッドから降りる時に一瞬だけ、足に違和感があったような? ……気のせい、かな。 「ヒト? どうしたの?」 「あっ、ううんっ! 朝兼お昼ご飯、楽しみだなぁ~っ」  先に寝室から移動を始めていたカワイが、俺を振り返る。俺はすぐに笑みを浮かべて、カワイを追いかけた。  うん、ヤッパリ気のせいか。普通に歩けているし、問題はないな。よしっ、カワイのおいしいご飯を食べるぞぉ~っ!  ……と、俺が浮かれている間に。 [──主様……?]  ゼロ太郎がなにかに気付いたけど、俺とカワイは気付かなかった。  ──俺自身に起こり始めていた【不調】に、気付かなかったのだ。 6章【未熟な社畜は悩みました】 了

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