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6.5章【未熟な悪魔は支えるだけです(カワイ視点)】 1
少し前まで、ヒトの様子がおかしかった。
いつものヒトは、会社に行く前はボクにしがみついてヤダヤダと言い、甘えん坊。帰ってきてからは、家事をするボクの頭を撫でてくれる紳士。
なのに、少し前までのヒトはそういうボディタッチが激減。……と言うよりも、皆無になった。
ヒトの態度を受けて、ボクはずっと困惑。ボクがなにかをしてしまったのか、ヒトの中でなにかの変化があったのか……。一番イヤな想定として『ヒトに好きな相手ができたのか』と考えてしまうくらい、ボクは不安だった。
でも、違ったみたい。ヒトはボクに劣情を抱くようになって、だからボクに触らなくなったらしい。
正直に言うと、ボクには【だから】という意味が分からなかった。なぜなら、ボクはヒトが好きだから。好きな相手に『性の対象だ』と言われて、嬉しくないはずがない。
だけど、ボクはヒトにそれを伝えていなかった。だからきっと、ヒトはボクに遠慮や気遣いをしたんだと思う。
そんな、優しいところも好き。そう思っていたら遂に、ボクはヒトと交尾に似たことができたわけで。
……できた、わけなんだけど。
「ヒト、おかえりなさい。ご飯にする? お風呂にする? それとも、ボク?」
「──待って。それって、全部同じじゃない?」
[──なにを考えているのですか]
あれから、ヒトはヒトだ。元気いっぱいで、言っていることは時々よく分からないけど、カッコ良くてカワイイ。いつも通りのヒトだ。
……そう。ヒトは【いつも通り】。
──ボクたち、えっちなことしたよね? なのに、どうしていつも通りなのかな。……これが、今のボクにとって一番不可解なことだ。
おかしい。てっきり、ボクたちは人間で言う『恋人同士』という関係になったんだと思っていたのだけど……。もしかして、ヒトの気持ちはボクと違うのかな。
不可解な気持ちを視線に込めて、ボクは帰宅したばかりのヒトを、ジッと見つめてみる。
すると、ヒトはボクを見て笑顔を浮かべてくれた。「どうかした?」と言い、ボクの頭を撫でてくれたのだ。
「そんなに可愛い顔で俺を見て、なにかあった──……ハッ! そういうことか! そういうことなんだね、カワイ!」
意外なことに、ボクの気持ちがヒトに伝わっ──。
「──ごめんねっ、カワイ! 今日はデザート買ってきてないんだ!」
「──全然違う」
伝わるはず、なくて。ヒトは鈍感の鈍ちんだから、ボクの考えなんて読み取れるはずなかった。
ボクは思わず、不服申し立てをする。するとヒトはなぜか、デレッとした嬉しそうで情けない笑顔を浮かべた。
「尻尾で床をペシペシ叩くカワイも可愛いなぁ~っ。今日も俺のカワイは最高だねっ! 存在してくれるだけで癒しだよっ!」
「……。……うん」
そっか、俺のカワイか……。……ボクにとっては、ヒトのそういうところがサイコー。好き。だから不問にしてあげる。
結局、ボクとヒトの関係は【現状維持】らしい。ヒトにとってボクは性の対象だけど、今まで通り【カワイイ悪魔】のまま。ボクが望むような関係性には、まだまだ遠い。
それでも、前みたいに避けられるよりは全然いい。ヒトはボクに触ってくれるし、笑顔も見せてくれる。だからボクは、ヒトが望む【現状維持】でも大満足。
「さてと、先ずは着替えてこようかな。……っと、その前に」
ヒトは着替えるために、リビングを通過しようとする。だけど突然思い留まって、ボクを振り返った。
どうかしたのかな。ボクはヒトを見上げて、小首を傾げる。
すると、ヒトの手がボクに向かって伸びてきて──。
「──さっきの質問だけど、俺が『カワイがいいな』って言ったら、カワイはなにをしてくれる予定だったのかな」
──ほっぺを、撫でられた。ちょっと、えっちな感じで。
ど、どうしよう。なにも、考えてなかった。ボクはなにも言えなくなって、ただただそっぽを向く。
「なんてねっ。あまり俺を揶揄っちゃ駄目だよ?」
「う、うん。気を、付ける……」
ほっぺを撫でたヒトの手はその後で、ボクの頭をポンポンと撫でる。ヒトは楽しそうに声を弾ませてそう言い残して、リビングから移動した。
ヒトがリビングからいなくなって、ボクは撫でられたほっぺに自分で触れてみる。
[私から、主様に苦言を呈しておきましょうか?]
「……ううん、いい。イヤじゃないから、いいよ」
誰に言われなくても、ボクの顔は真っ赤。つまり、満更でもなかった。
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