174 / 316

6.5 : 2

 着替えを終えたヒトは、ヤッパリいつも通り。  仕事から解放されたのがよっぽど嬉しいのか、ゴキゲンに鼻歌を歌っている。なんの歌かは分からないけど、ヒトが上機嫌なのはバッチリ伝わってくるから、ボクも嬉しい。  ヒトはルンルンした様子のまま、冷蔵庫をパカッと開けた。そこで珍しく、ヒトは冷蔵庫の中身を注視したらしい。 「あれっ? 今日は冷蔵庫の中がやけに賑やかだね? 明日から台風でも来るの?」  タイフー? なんだろう、それ。来られると困るお客さんかな。  よく分からない単語に疑問符を浮かべていると、ゼロタローがボクの代わりにヒトの質問に答えてくれた。 [いえ。本日はスーパーで特売品が多かったので、数日分の献立を考えた後で買い出しに向かったのです] 「あぁ、なるほど! いつもありがとうね、二人共~っ」  そう言って、ヒトは冷蔵庫から液体が入ったボトルを取り出す。  刹那、ボクはヒトの腕をガシッと掴んだ。 「ヒト、待って」 「ん? なぁに? 甘えたさんかな?」 「それは否定しない。……じゃなくて。それはお茶じゃなくて、だし汁」 「だし汁」  ヒトはボクの頭を撫でた後、取り出したばかりのボトルを冷蔵庫の中にそっと戻す。それから別のボトルを指さしたから、ボクは頷く。ヒトが大変な目に遭う前に止められて良かった。  ボクの頭を撫でながら、ヒトは笑う。 「悪魔と人工知能がどうかは分からないけど、人間は【お得】に弱いんだよねぇ」  この話題によって、ヒトがお茶とだし汁を間違えたのはなかったことになった。なんだか、今の一瞬がスッパリ切り取られたみたい。別にいいけど。  それにしても。人間は、お得に弱い。……そっか。  ボクは冷蔵庫を開けて、お菓子の箱を取り出す。箱に貼ってある半額シールを剥がして、そのままボクのほっぺにペタッと貼って……。 「カワイ? なにしてるの?」 「お得になった。……ヒトもお得、好き?」 「好きだけど、シールを顔に貼ったら肌が荒れちゃうよ。後で痒くなるかもしれないから、剥がそうね?」 「うん」  悪魔はシール程度じゃ肌荒れなんかしないのに。……ヒト、優しい。 「あと、割り引くならカワイ本体じゃなくてさ。例えば、カワイが履いているその使用済みスリッパとか──」 [──主様の人生を割り引きましょうか?] 「──どういうツッコミっ? 理解に苦しむ!」  ヒトの優しさにドキドキしていたら、ゼロタローとヒトが楽しそうに話しているみたい。仲良しなのはいいことだから、ボクはヒトを見つめた。  すると、ヒトはボクのほっぺから剥がしたシールを見て、眉を寄せているみたい。 「ところで、この値引きシールはどこから?」 「スーパーで値引きされたチョコに貼ってあった」 「へぇ? だけど【半額】って、随分と思い切った値引きだね? ちなみに、どんなチョコ?」 「パイナップル抹茶チーズ味」 「……はい?」 「パイナップル抹茶チーズ味」  ヒトは片手にコップ、片手に半額シールを持ったまま呆然とする。 「なんだ、その味は……? トロピカルなの、和風なの、洋風なの? カワイ、よくそんなワケ分からない味の食べ物に挑戦したね……」 「ヒトも食べる?」 「いや、ごめん、俺はそういう冒険、まだできないや」  そっか。ヒト、甘い物好きじゃないもんね。……でも、面白そうな味だから共有したかったな。  なんて考えていたら突然、ヒトがアワアワと慌て始めた。 「あぁっ、カワイがシュンとしている! いっ、いやっ、えっと! ……ヤッパリ、一個だけ貰おうかなぁ!」 「っ! うん、あげるっ」 「うぅっ、目に見えて喜んだぞ! カワイは可愛いなぁ!」  ヒトも気になるよね、パイナップル抹茶チーズ味。食後の楽しみにしようね。  ボクが内心で喜んでいると、ヒトは半額シールを握り締めて「守りたい、この天使……!」と呟いた気がするけど……ボクは悪魔だから、ヒトの言っている意味が分からなかった。

ともだちにシェアしよう!