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「──と言うことで、今日は家で一日中お仕事します」
翌朝、土曜日。ヒトは、休みの日にしては珍しく平日とほぼ同じ時間に起きて、朝食の後にそう言った。
休日出勤するヒトは平日と起床時間が同じだけど、休みの日はいつも昼過ぎに起きる。つまり、ヒトにとって今日は【休日出勤】と同じってことらしい。
「分かった。でもボク、普通に家事するよ? 目障りじゃない?」
「むしろ【一緒に作業をしている感】があって大変好ましい! と言うか、いつも本当に家事ありがとう!」
感謝されちゃった。ヒトのこういう、気配り屋さんなところが好き。……そのせいで、仕事を持って帰ってきちゃったんだろうけど。
ヒトはボクに親指を立てて見せてから、持って帰ってきた紙の束をカバンから取り出した。それから……。
「えっ?」
「えっ?」
ボクが驚いたから、ヒトも驚いた。
だって、こんな話は聞いていない。ボクはヒトを凝視しながら、距離を詰めた。
「ヒト、それって……?」
「えっ? なにっ? ……あっ、これ?」
ボクが戸惑っている理由に気付き、ヒトはニコリを笑う。
「──これはね、眼鏡だよ」
メガネ。……メガネは、知ってる。
──知らなかったのは、ヒトがメガネを掛けている姿。初めて見るヒトのメガネ姿に、ボクは興味津々だ。
ボクが食い入るように見つめるから、ヒトは自分の違和感に気付いたらしい。「あぁ、そういうことか!」と言って、ボクの頭を撫でた。
「俺、会社では基本的に眼鏡を掛けて仕事をするんだよ。と言うか『パソコン作業の時は』って言った方が正確かな」
「そうなんだ」
「カワイは初めて見るもんね、眼鏡。ビックリさせちゃったかな?」
「うん、少し。でも、いいと思う。好き」
メガネのヒトは新鮮だけど、カッコイイ。今までメガネに興味なんて無かったけど、これはこれ。ヒトはヒトだから、仕方ない。
ボクがジーッと見続けるから、ヒトはなにかを思ったのかも。ボクと目線を合わせて、それから──。
「──それは、眼鏡に対する賛辞かな? それとも、眼鏡姿の俺?」
──パチン。スマートなウインクを、ボクに送った。
……うぅ、うぅ~っ。ヒト、カッコイイ。ほっぺが熱くなっちゃうよ。
ボクは逃げるようにヒトから顔を背けて、そのままなにも言わずにヒトから離れた。
素直に『メガネのヒト』って言えばいいのに、今のヒトには恥ずかしくてなにも言えない。だから、ボクは逃げてしまった。
「あちゃ~。揶揄われたように思われちゃったかな?」
[さぁ、どうでしょう。ただ、尻尾は激しく振れていますね]
「あらら、本当だ。家具、なぎ倒さないといいけど……」
[誰のせいだと思っているのですか、このヘンタイ]
ヒトから離れたボクを見て、ヒトとゼロタローはなにかを話していたみたい。心の中が忙しないボクは、聞き耳を立てられなかったから聞こえなかったけど。
一緒にいるのに仕事をされるのは『寂しいかも』って思ったけど、前言撤回。仕事を持ち帰ってくれたおかげで、ヒトのメガネ姿を見られた。
ボクは無意識のうちに尻尾をブンブンと振りながら、メガネ姿のヒトを心の中で何度も回想する。
……もう少し慣れたら、もう一回ヒトを見よう。そう、決意しながら。
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