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洗面所での身支度を終えて、俺は寝間着からスーツに着替えようとしていた。
カワイは今、俺のお弁当をせっせと準備してくれていることだろう。なんて素敵な男の子なのか……。後で結婚を申し込むことも視野に入れるべきかもしれない。
……なんてことを考えていたら、ゼロ太郎はいつも俺に辛辣なツッコミを入れてくるはずなのだが。
[主様、体調はどうですか?]
なんと、驚き。ゼロ太郎が投げてきた言葉は、意外にもツッコミではない。
もしや【体調】と【頭】を言い間違えたのかとも思ったが、どうやらそうでもなさそうだ。俺は嫌々ながらもテキパキと着替えを進めつつ、ゼロ太郎に返事をした。
「体調? 二人が用意してくれたご飯のおかげで、メチャメチャ元気だよっ。……でも、なんでそんな質問を?」
[いえ。いつも、食欲が増した後は体調を崩されていますので]
おぉ、なるほど。そう言えば、そうだったかも。
やはり、なんだかんだ言ってもゼロ太郎はゼロ太郎だ。……いや、より正しく言うのなら『俺専属の人工知能』と言うべきかもしれないな。この字面を、ゼロ太郎は嫌がるだろうけど。
ネクタイを締めてから、俺は天井に向かって笑顔を見せた。
「大丈夫だよ、元気元気! カワイとゼロ太郎がおいしいご飯を用意してくれたからかな? 最近、本当に調子がいいんだ!」
[そうですか]
「なんなら、体中にスキャンをかけたっていいよ! きっと引くほど健康的な数値が表示されるはずだからさ!」
[──いえ、既にスキャンはかけたのですが]
「──せめて許可は取ろう?」
今さらゼロ太郎に見られて困ることなんてないけどさ。俺はガクリと肩を落とす。
すると、今度はまた予想外の言葉が投げられた。
[申し訳ございません、主様。実は数日前から、こうなってしまう【兆し】は見えておりました。……ですが、私は【あえて】主様にお伝えしませんでした]
思わず一度、動きを止めてしまう。咄嗟には、返すべき言葉が思いつかなかったから。
茶化すべきか、真摯に向き合うべきか。俺が選んだのは……。
「それはいつもの【報連相をしてくれない意地悪】じゃなくて、ゼロ太郎が考えてくれた【俺のため】だよね」
[……はい]
「だったら、俺がゼロ太郎を責める理由なんて無いよ。あるわけない」
[いえ、それは違います]
後者を選ぶと、ゼロ太郎からの返事は即答だった。
[言葉にすればその瞬間から、主様のお体は調子を崩していく。私はそう判断し、結果として【問題を先延ばし】にしたのです。私が選んだ行動は、解決には至らないものです]
そもそもの原因を辿ると、俺自身のせいだ。俺がカワイとの関わり方に悩んで、いつも以上に仕事を詰め込んだから。そのせいで、俺の体は普段よりも体力の消耗が激しくなっていたのだろう。
ゼロ太郎は、悩む俺をずっと見ていた。【病は気から】なんて言葉もあるように、ゼロ太郎が俺に『不調が迫っている』と伝えたら、もしかすると俺はもっと早く体調を崩していたかもしれない。
全部、分かっている。だから俺は、明るく返事をした。
「ううん、大丈夫だよ。ゼロ太郎の考えも善意も、ちゃんと分かってるからね。だから、俺は嬉しいよ」
まぁでも正直、まだ大丈夫だ。カワイ絶ちをしていたあの数日に比べたら、全然元気なのだから。
「いつもありがとう、ゼロ太郎。俺は大丈夫だよ。まだまだ大丈夫っ」
[はい。……それと、部屋から出てすぐにカワイ君へ結婚を申し込むのは反対でございます]
「それってしっかり回収すべき伏線だったかな?」
飴と鞭と言うか、天使と悪魔と言うか。またしても俺はガックリと肩を落とし、それからすぐさま癒しを求めてリビングへと向かった。
カワイにベタベタとスキンシップを求め始めた俺は、とにもかくにも目の前のカワイに夢中だ。
……だから、気付かなかった。
[──本当は【お体の数値を測定したからこそ】休養を進言したかったのですがね]
ゼロ太郎の独り言が、俺には聞こえていなかったのだから。
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