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カワイとゼロ太郎お手製の朝ご飯は、今日もおいしい。普段ならお腹もいっぱいで、心も体も文字通り満たされる料理だ。
しかし、今回に関しては申し訳ない。量という意味で、どうしても『物足りない』と感じてしまうからだ。
「ヒト、魔力はどう? 作り置きしてあるオカズ、なにか用意する?」
食卓テーブルに並べられた料理を完食した俺を見て、カワイは不安そうにしている。
きっとカワイは、自分が白米を多く炊けなかったことを悔いているのだろう。カワイはそういう、優しい悪魔なのだ。
だが、誰にこんなことが予測できただろう。そもそも、カワイは俺が不定期にこうなることを知らないのだ。用意できるわけがない。
ゼロ太郎にはできたかもしれないが、しなかった理由くらい分かっている。俺自身が打ち明けていないのだから、ゼロ太郎からカワイに言えるはずがなかったのだ。ゼロ太郎は第一に【主の意思】を尊重する存在なのだから。
「心配させちゃってごめんね、カワイ。でも、朝からご飯を食べられたからだいぶ調子が良くなってきたよ」
「ホント?」
嗚呼、嫌になる。どうしてこんなことで、愛しい子の表情を曇らせなくてはいけないのだろう。それもこれも、全部、全部──。
……いや、やめよう。考えたって、意味がない。不安そうなカワイを見つめてから、俺はニコリと笑ってみせた。
「うん、本当だよ。いつもは部屋になにも食材が無いから、こうなった初日ってかなりきつかったんだよねぇ~」
努めて、淡々と。ちょっとした笑い話のようなテンションで。俺はカワイに返事をした後で、椅子から立ち上がった。
「ごめんね」
カワイの頭を撫でながら、俺は言葉を零す。すぐに、カワイは俺を見上げて口を開こうとした。
だけど俺は臆病だから、カワイが口にしようとしている言葉が分からなくて、逃げてしまう。
「さーってと! そろそろ出勤の準備をしなくちゃ! ……おっと、食器はちゃんと下げるよぉ~っ。大人だからねぇ~っ」
カワイの頭から手を離して、俺は自分が使い終えた食器を下げ始める。
「いつものお礼にカワイの食器も下げようじゃないか!」
「ううん、いい。ヒト、食器を重ねたら落としそう」
「ハハハッ! 否定ができないぞぉ~っ?」
と言うことで、俺とカワイは一緒に食器を片付けた。その道中も、カワイは俺を心配していたらしい。
「お弁当、きっと足りないと思う。どこかでなにか買った方がいいかも」
「あー、そっか。……うん、そうしようかなっ。お昼はコンビニでなにか買い足すよっ」
「うん、分かった」
くうっ、立派に育って! 保護者として嬉しいような、悲しいような!
食器を食卓テーブルから移動させた後、俺は歯磨きや寝癖直しをするために洗面所へ向かう。カワイはそのまま、食器洗いを始めたことだろう。
家庭的で優しくて、俺想いな可愛い悪魔。なんて強い字面だろう、最高じゃないか。俺は歯ブラシをシャッコシャッコと動かしながら、にんまりと笑ってしまった。
勿論、目の前には鏡がある。俺のにやけ面は、俺の目にもハッキリだ。
[口元を緩めていると、歯磨き粉を零しますよ。まったく、だらしないですね]
言うまでも無く、ゼロ太郎にも。俺のにやけ面はバッチリ見られていた。
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