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 悩みがあろうと、仕事はこなさないといけない。それが、現代社会に生きる社会人というもの。  そんなこんなで、今の俺は仕事に従事するただの社会人だ。俺は月君から回覧されたデータをパソコンで確認しながら、ふむと腕を組む。  ここで、ひとつ。俺の隣のデスクに座る月君は、贔屓目を抜いても良い後輩だ。  仕事に一生懸命で、愛嬌もあって、人間関係の構築が上手。その明るさと前向きさとひたむきさは、正直に言うと少し憧れる。  分からないことは素直に『分からない』と言うし、かと言って他人任せにしないで自分の力で解決しようとする意欲もある子だ。自慢の後輩とも言える。  さて。どうしていきなり、心の中で後輩自慢を始めたかと言うと……。 「月君。作ってくれた月報を確認したけど、この企業の数字が抜けていたよ」 「わッ、本当ですかッ? スミマセン、メチャクチャ凡ミスです! 急いで修正します!」 「それと、入力ミスかな? ここの数字、逆になっちゃってる」 「わわわッ、スミマセン! 急いで直します~ッ!」  ……おかしい。月君の様子が、明らかにおかしいのだ。俺は椅子の背もたれにギッと背中を預けてから、慌てふためく月君を見た。 「月君がこんなミスをするなんて、珍しいね? なにかあった?」  ほんの、先輩心。そのつもりが、なぜか月君は「うッ!」と呻き、ダラダラと汗をかき始めたではないか。  なんだろう、心配だ。月君は確かに喜怒哀楽が顔にも態度にも出てしまう素直で嘘の吐けないタイプだけど、それにしたってこんな凡ミスをするほど私情を引きずるタイプではない。  見つめること、数秒。月君はしどろもどろになりながら、なにやら言葉を探している様子だ。 「えっと、ごめんね? 勿論、無理に理由を訊き出すつもりはなくて……」 「いえ! 今オレがモダモダしたのはそのっ、センパイに言いたいけどなんて言えばいいのか分からないモダモダと言うか……!」  おぉ、強い信頼を感じる。嬉しい、嬉しいじゃないか。  だがしかし、ここで喜ぶのは不謹慎だ。月君が信頼を寄せてくれている【センパイ】らしく、どっしりと構えよう。  急かさず、じっと待つ。するとどうやら、月君は決意を固めたらしい。 「いや、あの。実は、ちょっと最近調子が出なくてと言うか、調子が狂っていると言うか……」  な、なんだろう。思ったよりも、深刻そうな悩みだぞ。俺は思わず、ゴクリと生唾を呑み込む。  月君は露骨に元気をなくしながら、ポツリポツリと悩みを打ち明けてくれた。 「──三日月の奴、前に『押してダメなら引いてみろって言うけど、押してダメなんてことなかった』って言ってたじゃないッスか。それからと言うもの、マジでメチャメチャ押してくるんですよね、マジで……」 「──ヤッパリ草原君かぁ~」  月君からこぼれた言葉は、草原君に関しての話だ。まぁうん、正直そうだろうなとは思っていたよ。  確かに、最近の草原君はすごくすごい。積極的に月君へ声を掛けて、チャンスになりそうなものを全部回収する勢いで迫っている。時々、度を越えているアクションもあるけど……概ね、真剣だ。ピュアに無垢に、月君への好意を伝えている。  ……今の俺からすると少し、眩しく見えるほどに──。 「──僕を呼びましたでございますか?」 「「──ギャーッ! 出たァーッ!」」 「──まるで幽霊のような扱いでございますね」  噂をすると、なんとやら。ひょっこりと、草原君が姿を現した。

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