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 表情を変えずに、草原君は「プンプンでございます」と立腹を示した。 「僕の顔を見て叫ぶなんて、失礼でございますね」 「うっ。それもそう、だよな。悪かったよ、三日月」 「そうだよねっ。ごめんね、草原く──」 「──ですが、竹力様の怯えた表情は僕の性癖をくすぐったのでございました。感謝申し上げます、ありがとうございました」 「「──怖いッ!」」  君には立腹する権利なんて無いよ! 怖いよっ、君は怖い!  しかし、恐怖のせいで忘れてはいけない。いくら押せ押せモードな草原君でも、さすがに仕事をボイコットして月君に会いに来るわけがないのだ。 「えっと、草原君? 今日はいったい、どういったご用事で?」 「敬語を遣われている件に対して気にはなるところではございますが、一先ず置いておくでございますね」  そう言い、草原君は紙の束が詰め込まれたファイルを月君に差し出した。 「先日、こちらの資料をお求めのご様子でございましたので」 「えっ? もしかして、わざわざ探してくれたのか?」 「書庫に用事がございましたので」 「みっ、三日月……!」  草原君ごめんね! ヤッパリ、君にはさっきの俺たちに対して立腹する権利があるよ! メチャメチャいい子じゃないか!  どういう話があったのかは分からないけど、どうやら草原君は月君が探していた資料を見つけてくれたらしい。ファイルを見るに、なかなかに古い資料だ。きっと、書庫の奥深いところにしまってあったことだろう。  しかし、やはり月君は草原君のことを嫌っているわけではないみたいだ。資料云々といった会話をするくらいには、日常会話と言うか業務会話? をしているみたいだし……。 「お役に立てたのならば、光栄でございます」 「あぁ! ありがとう、三日月!」 「いえ、気になさる必要はございませんよ」  こう見ると、二人は普通に仲の良い同期──。 「──それでは、報酬は先日お約束した【夜を共に過ごす、意味深】でよろしくお願いいたしますでございます」 「──えっ。……え、月君、えっ?」 「──コイツの冗談だってどうして分からないんですかセンパイ!」  ビッ、ビックリしたぁ~っ! てっきり、月君が草原君を買収したのかとばかり! だって草原君、嘘を吐いたような顔じゃなかったんだもん!  草原君の手のひらの上でコロコロされた後、事務所に時計のチャイムが響いた。お昼休憩の開始を伝える音だ。 「おや、休憩時間でございますね。それでは、報酬は【僕と共にお昼を】は、どうでございましょうか?」 「あー、うん。変なこと言ったりしたりしないなら、いいぞ?」 「冤罪でございます。まるで僕が竹力様にそういった言動を取ったことがあるかのような物言いではございませんか」 「あるから言ってんだよ」  今の草原君が取った手法は、前になにかで見たことあるなぁ。確か【ドア・イン・ザ・フェイス】っていう、心理学を用いた交渉テクニックだ。先に難題を断らせて、次にする本命の要求を通しやすくする~……っていう、返報性の心理を利用した交渉術。  つまり、草原君の本命は【月君との昼食】というわけで。ヤッパリこの子、只者じゃないよ。  などと、草原君のテクニックに感心していると──。 「──そう言えば追着様は、あれからまだ告白をなさっていないのでございますか?」 「──ブゥーッ!」  真顔で爆弾を投下するのはなんでなのかなこの悪魔君は~ッ!  ヤッパリ只者じゃない! 只者じゃないよ! 盛大に動揺しながら、俺は真顔でクールな美青年悪魔君のポテンシャルを呪ってしまった。

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