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 カワイは箸を持ち、浅漬けをひとつまみ。それから、俺の開いた口に浅漬けを入れてくれた。  ぱくっ。……ふむ、ふむふむ、ほうほう。これは、サッパリしていて……うん、健康になりそうな味だ! [主様の食レポ技術をもう少々磨かないといけませんね] 「どこに使命感を抱いているのかな?」  ゼロ太郎がなにやらメラメラと心を燃やしているが、気にしないでおこう。気にしたら最後、傷付きそうだ。……俺が。  おっと、いかんいかん。カワイが折角『あーん』をしてくれたのに、カワイに対してノーコメントなのはよろしくない。気を取り直して、俺の反応を待つカワイを見た。 「いつもおいしいご飯をありがとう、カワイ。愛してるよ」  待たせてしまったお詫びに、パチリとウインクをひとつ。  ……ど、どうだろう。なんかこう、テンションで格好つけてしまったけど。ウインクを解いてから、恐る恐るカワイを見てみる。  対する、カワイの反応は。 「うん」  まさかの『うん』だけっ? ちょっとキメてみたのに、あれぇっ? しかもカワイ、俯いちゃったよ。  どうやら、不発だったらしい。よくよく考えてみれば、今の俺は寝癖が付いた寝間着姿のアラサー男。いくらイケイケな寝間着だろうと、この状態でのウインクはあまり決まらないのかもしれない。 「カ、カワイ? あの、俺──」  それでも言葉が欲しくなり、俺のそばで俯くカワイの顔を覗き込む。すると、俺の視界に映ったのは……。 「──あまり、見ないで。ボクの顔、熱くて……えっと、ごめんね」  ほんのりと赤面している、カワイの顔だった。  カワイはポポッと顔を赤らめたまま、俯いている。俺が顔を覗き込んでいると気付くや否や、カワイは己の両手で両頬を包むように覆い始めた。 「いきなり、カッコ良くしないで。ヒトの顔、見られなくなっちゃう」 「あ、う、うん。……ご、ごめんね?」  大逆転勝利。俺の格好つけは不発ではなかったらしい。  なるほど。……両想い、最高か? 「カワイが、可愛い……!」 [良かったですね]  駄目だ、噛み締めてしまう。いや、浅漬けじゃなくて。浅漬けも噛みしめるけど、そういう物理的な【噛み締める】じゃなくてさ。誰に対する弁明をしているのかも分からないまま、俺は【カワイが可愛い】を噛み締める。  ゼロ太郎だって、俺の言葉に同意してくれた。これは珍しいことだ。可愛いって、正義なんだね。  しみじみと頷く俺に気付いているカワイは、さらに恥ずかしがっているようだ。両頬を押さえたまま俯き、顔を覗き込もうとする俺に「まだダメ」と言っているのだから。そんなところも可愛い。  とかなんとか、俺がカワイの可愛さに感謝やら感動やらしていると。 [……ところで、主様] 「うん? なにかな、ゼロ太郎?」 [──先ほどの、感謝と愛を伝えてから片目を閉じる不可解な言動。まさか、あれを私にもしようなどとはお思いではないですよね?] 「──朝から不快なものを見せられてご立腹ですって言いたいのかな?」  さすがカワイ専用の過保護兼、俺への辛辣さマックスなゼロ太郎だ。俺を現実に引き戻すのがお上手すぎる。

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