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翌朝、とても珍しいことが起こった。
起床してリビングに出るや否や、カワイが後ろから俺に抱き着いてくれたのだ。大変喜ばしい朝だと思う。
だが、珍しいのはその後だ。なんと俺が歩くと、カワイはズルズル~っと俺に引きずられている。つまり、離れないのだ。
「珍しいね、朝から甘えたさん? それとも、なにかあったの?」
昨日の行為もあって、カワイの中で心境の変化でもあったのだろうか。照れくさく思いつつも、もしもそうなのだとしたらと考えると、思わず嬉しくなってしまう。
しかし、カワイの返事は淡々としていた。
「ボクたち、カレシ同士だよね?」
「えっ。う、うん。実は先日から、そういう関係になったね……?」
「それが答えだよ」
「んんんっ?」
ヤバい、分からないぞ。クールなカワイも可愛いけど、もう少し説明がほしい。
俺の考えていることは、顔に出ていたのだろう。カワイを振り返る俺を見て、カワイが言葉を付け足してくれた。
「だから、一緒にいたいなって思った。……ワガママして、ごめんね?」
「っ!」
「……ヒト? どうして胸を押さえながら黙っているの?」
あっ、危ない! 貧血持ちじゃないのに眩暈がしたかと思った!
恋人の愛しさと尊さに俺が昇天しかけているなんて気付くはずがないカワイは、ショボンと落ち込んでいる。きっと、カワイの我が儘に俺が困った……と思ったのかもしれない。
「あー、いや。ごめん。……カワイがあんまり可愛いから、見惚れちゃいました」
「っ! ……そう言われると、なんだろう。胸の辺りが、モソモソッてする」
「あははっ。不思議と、俺も今そうだよ。お揃いだけど、困っちゃったね」
「うん。嬉しいけど、困っちゃった」
なんだか、これが漫画だったらキラキラでフワフワのトーンでいっぱいのページになっていそうな空気だ。俺とカワイは照れ合いながら、お互いの顔を見つめて──。
[──朝から私を忘れてイチャイチャしないでいただけますか]
「ハッ! 忘れてない! 忘れてないよゼロ太郎! だからごめんなさい! 通報しないでください!」
[いえ、そこまでは言っていないのですが……。己の扱いが染みついてきましたね]
危ない! さっきとは別の意味で危なかったぞ! 俺はカワイを引きずったまま食卓テーブルに向かい、朝食をいただこうとする姿勢──つまり『通勤準備を始めようとしている』という姿勢を見せた。
「おぉ~っ! 今日の朝ご飯もおいしそうだねっ!」
「ありがとう。今日もボクとゼロタローの力作だよ」
テーブルに並んだ料理の感想を伝えると、カワイが俺の背中からパッと離れる。確かにカワイがくっついたままだと椅子に座れないけど、離れられるとそれはそれで寂しいような……。
「……って、んんっ? カワイ、どうしたの? オカズ、菜箸でつまんで?」
俺から離れたカワイは、おそらくソーセージとピーマンを卵と一緒に炒めた料理、かな? ……を、菜箸でつまんだ。
俺に呼ばれたカワイは、なぜか俺と同じように不思議そうな顔をしていて──。
「──ヒトは、あーんってされるのが好きなんでしょ?」
──あぁッ! 最初はあんなに不思議がっていたのに、今では自ら率先して『あーん』をッ? キュンキュンするッ!
勿論、ありがたく受け取ろう。俺はデレデレしていると自覚をしながら、カワイからの『あーん』を受けた。
最高の寝覚めに、最高の朝食。仕事に行きたくないという気持ちは強まったが、それは恩を仇で返すような行為だ。俺は朝食の後もしっかりと出勤準備を済ませ、カワイに見送られた。
玄関で靴を履く俺を見て、カワイは微笑む。
「夜はクリスマスパーティー? を、しようね。ゼロタローと一緒に、おいしいご馳走を用意するよ」
「わぁ~っ! ありがとうっ! じゃあ、今日は定時で帰るように努めます! と言うことで、行ってきます!」
「やった。嬉しい。気を付けてね、行ってらっしゃい」
さぁて、今日はいつも以上に頑張るぞ~っ! 強い決意を抱いて、いざ出勤だ!
……だから当然、俺は気付かなかった。
「ふぅ……」
[カワイ君? どうかしましたか?]
「えっ。……あ、えとっ」
カワイが息を吐き、そして。
「ううん、なんでもないよ」
ゼロ太郎にそう、強がったことを。
9章【未熟な社畜と未熟な悪魔は不慣れでした】 了
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