280 / 316
9 : 28
行為を終えた俺たちは、汗を流すためにもう一度浴室に向かった。
いつもはゼロ太郎ストップが入ったり、タイミングが合わなかったりで【一緒にお風呂に入る】ということができていない。
だけど、今日はいいだろう。自分で言ってしまうのも照れくさいが、背中を洗い合う以上のことだってしたのだから。
かと言って、俺たちのなにが変わったわけではない。俺とカワイはのんびりまったりと、お風呂を楽しんだ。
お風呂上がりに、お互いの髪をドライヤーで乾かして……。再度、就寝準備がバッチリだ。
寝室に戻って、俺たちは健全な意味でベッドイン。俺はカワイのサラサラヘアーを撫でて、微笑んでしまった。
「そろそろ寝よっか」
「寝よっか」
おっと、カワイが俺の口調を真似したぞ。可愛いなぁ。癒しをくれたお礼に、カワイの頬を撫でよう。
「ふふっ、くすぐったい。でも、嬉しい」
カワイはご満悦だ。この笑顔が見られる俺は幸せ者だなぁ~。
……本当に、幸せ者だ。こんなに嬉しくて、幸せで、尊い気持ちを貰えるなんて。
「あのね、ヒト。ボク、今日はすごく幸せ。ヒトと出会ってからずっとずっと幸せだったけど、今日が一番幸せ」
「カワイ……。……うん、俺もだよ」
ずっと、欲しいものがあった。知っての通り、俺は【家族】に強い憧れがあったのだ。
だけど、きっと【家族】は結果論だった。確かに【家族】が欲しかったのは事実だけど、そう思う根拠や理由を紐解いていくと……俺が欲しがっているものは、もっともっと単純なものだったんじゃないかと思う。
俺はずっと、無償の愛が欲しかったのかもしれない。そして俺は、俺からの無償の愛を誰かに受け止めてほしかったのだ。
母親のことは、愛していた。俺なりに一生懸命愛して、いつか愛されると信じていたのだ。
それが叶わないと知って。世間一般が思い描く【両親と子供がいる普遍的な家族】を俺が築いてはいけないと知って、この願望を捨てるしかなかった。
もう心の片隅で描く機会も減っていた矢先に、俺はゼロ太郎と出会って……そして、君に出会ったんだ。
幸せは、目に見えない。だから、近付くことも手で掴むこともできないものだ。そんなの、当たり前のように分かっている。
それでも、手を伸ばせば触れられる距離に君がいるから。だから俺は、今日もヘラリと笑顔を浮かべられるのだ。
「好きだよ、カワイ。大好き」
少し、ポエミーだったかな。らしくなかったかも。
……まぁでも、今日くらいはね。今日くらいは、こんな俺でもいいじゃないか。
「ボクも大好き」
だって、こんなに優しい声と表情で返事があるんだから。カワイの頭を撫でて、俺は「ありがとう」と笑顔を返した。
「そうだ。当日からは過ぎちゃうけど、なにか欲しい物ってある? クリスマスプレゼントってことで、カワイになにか渡したいな」
「ヒトが欲しい」
「嬉しい! でも俺、もうカワイのものだからなぁ~。これ以上はあげられないよ?」
「じゃあ、思い付かないかも」
カワイは俺との距離をさらに縮めて、俺の胸に額をグリグリッと寄せる。
「他にはなにも要らない。ボクは、ヒトだけが欲しいから」
えぇ~っ、可愛いんだけど~っ? 微笑まれた瞬間にまた恋に落ちちゃったよ~! 思わず、心がトキメキ状態な乙女になってしまったぞ! 喜びのあまり、カワイのことをムギュギューッと強く抱き締めてしまった。
それでも、ケーキを買ってこようかな。……いや、待った。ゼロ太郎が前に『献立を考える』って言っていたから、もしかするとケーキを作ってくれるかもしれない。
初めて、恋人と過ごすクリスマス。周りが浮足立つほどの感慨は無いにしても、プレゼントは用意したい。カワイを抱き締めたまま、俺はうぅんと悩む。
……これもある意味、贅沢者だよな。なんて、少し浮かれながら。
ともだちにシェアしよう!

