295 / 316

10 : 4

 魔力の、枯渇。俺が不定期に陥る【不調】と、よく似ている気がしてならなかった。 「カワイ!」  ベッドに倒れ込んだカワイに駆け寄り、俺はカワイの頬や額に触れる。手のひらから伝わるカワイの体温は、ほんのりと高いように感じた。  ピクリと、カワイの体が震える。それからカワイは潤んだ瞳を俺に向けて、言葉を紡いだ。 「ごめんなさい、ヒト。今日のご飯、まだ用意できてなくて……」 「俺のことより自分のことを考えてよ! なんで……いつからっ。いったいいつからこんな……!」  俺の場合、魔力を渇望する【不調】はジワジワとやってくる。初めはまるで、人間の風邪と同じような症状が出るのだ。  きっとカワイだって、同じだったはず。だけどカワイはずっと、俺に悟らせないように振る舞ってくれていたんだ。  理由なんて、問い質すまでもない。俺に心配をかけさせないためだ。……だからこそ俺は、自分自身が情けなくて仕方がない。 「……ヒト」 「なにっ? どうしたの、カワイっ?」  名前を呼ばれて、ハッとする。なぜなら……。 「そんな顔、しないで。ヒトのそんな顔、ボクは見たくないよ」  こんな時でさえ、カワイの気持ちを全然分かっていないのだから。  ……なにをやっているんだ、俺は。今すべきことくらい、ちゃんと理解しろよ。  今、俺がすべきこと。それは【己を責めること】なんかじゃないだろ。  目の前のカワイを、大切にする。そんなの、分かり切っている話じゃないか。 「……ごめん、カワイ。今ちょっと、俺の良くないところが出ちゃってた」  深呼吸をした後、俺はカワイに向き合った。 「気分は?」 「悪くないよ」 「じゃあ、具合は?」 「頭が少し、ぽやっとする。だから、体が少し言うことを聞かない」  訊ねた分だけ、素直な答えが返ってくる。ベッドに横たわったカワイは、不思議と【いつも通り】にさえ見えた。  だけど、俺は分かっている。俺だってつい先日、同じ状態になっていたんだから。 「ちょっと待っててね。食べ物、なにか用意するから」  先ずは、食べ物だ。空気中の魔力濃度ってやつが魔界より低いこの人間界じゃ、食事でしか魔力補給ができないのだから。  しかし、カワイの返事は予想外のものだった。 「あのね、ヒト。今のボクは、前のヒトとは違うよ」 「……一応確認するけど、それって強がり?」 「ううん、真実。本音だよ」  どうなんだろう。本当に、まるっと信じていいのだろうか。 「だけどカワイ、行き倒れてたことあったよね?」 「うん。だから分かるんだよ。今のボクは、平気」  ベッドに横たわって、尻尾が元気なく垂れている様子を見ると……にわかには信じられない、かな。  それでも、カワイ本人の主張を百パーセント無視もできない。 「だとしても、なにか食べないとだよね。ご飯をしっかり食べて、ぐっすり寝る。体調不良なら、これが一番だよ」 「それは……そう、だね。一理ある」  カワイはそう言って、俺の方に両腕を伸ばした。 「作り置きのおかずがあるから、教える。ボクのこと、冷蔵庫の前まで連れて行って」 「勿論いいけど……でもそれって、ゼロ太郎に訊いたら分かるんじゃない?」 「──じゃあ、言い方を変える。ヒトに抱っこされて運搬されたい」 「──喜んで!」  って、あれれっ? なんだか、いつものペースになっているような? 俺は戸惑いを抱きつつも、カワイからの可愛いお願いを叶えたのだった。

ともだちにシェアしよう!