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 カワイとゼロ太郎──家族のおかげで、今日の俺も絶好調。なんだか最近、毎日のようにそう実感している気がする。  そして俺はきっと、これからもそう思い続けるのだろう。二人が居てくれるのなら、俺の生活はずっとずっと幸せいっぱいなのだから。  温かな気持ちで退勤し、駐車場に向かう。最近は、その足取りだって軽やかだ。  今日の晩ご飯はなんだろう。カワイはどんな表情で、俺を出迎えてくれるのだろうか。そう考えながら車の運転をする日々が、いつの間にか日常になってきている。 [本日はいつも以上に笑顔が咲き乱れていますね]  ポン、と。スマホを通してゼロ太郎からそう言われてしまうほどに、今の俺は上機嫌なのだろう。ポケットの中に入ったスマホからは、俺の顔が見えないはずなのにね。  だけど、事実だ。ゼロ太郎の指摘は合っている。  思い返すと、すごくすごい。カワイと出会う前の俺に、今の俺がどんな気持ちなのかを教えてあげたい。……まぁきっと、信じないだろうけど。笑顔で一蹴しそうだ。  だから、ゼロ太郎に伝えよう。今の、俺の気持ちを。 「──今にも駆け出しそう。俺が」 [──意味が分かりません。抑えてください]  車の運転を控えた相手が口にしていい発言ではなかったらしい。窘められてしまった。トホホ。  だけど、いいもんね。俺には、帰宅した俺を甘く優しく癒してくれる極上の彼氏がいるんだから!  今日も安全運転を心掛け、無事にマンションへ帰宅。俺は弾む気持ちを抑えようともせずに、いつも通りのテンションで玄関扉を開いた。 「カワイ、ただいまーっ!」  いつもなら、リビングから可愛い足音を立ててカワイが現れる。謎キャラクターのスリッパを履いたカワイが、俺を出迎えてくれるのだ。  ……だけど。 「……あれ? カワイ?」  どうしたことか、今日はカワイの出迎えがない。  いや、たまにはそういう日もある。カワイがしてくれている家事のキリが悪いときとかに、ままあることだ。  そう。ままあることの、はず。……なのに。 [主様、申し訳ございません]  ポンと響いた、低い声。やけに静かなリビングに、ゼロ太郎の声が溶けていった。  どうして、ゼロ太郎が謝るんだ? そしてそれと同じくらい──それ以上に、不思議な現象。 [カワイ君に『主様が帰宅するまで黙っていてほしい』と頼まれ、私の口からお伝えすることができませんでした]  カワイが、リビングにいない。キッチンにも立っていないのだ。 「えっ? ……なんの、話?」 [カワイ君は。……カワイ君は、寝室です]  ゼロ太郎の言葉を聴いて、胸がザワリと震えた。ざわつく心を自覚すると同時に、俺の頭は嫌になるくらいの速度で【最悪の想定と、だけどいやに現実的な可能性】を叩き出す。  自分にだって経験があるのに、どうして気付けなかったのだろうか。それに俺は、知っていただろう。  ──なぜなら、カワイとの出会いは【それ】だったのだから。 「──カワイッ!」  カワイは、悪魔だ。俺以上に魔力を必要とする、純正の悪魔。  そんなカワイが、人間界に──魔力濃度が魔界より格段に低い世界で生活をして、どのくらい経った? 少し考えたら、この状況を予想くらいできたじゃないか。  俺は、大馬鹿野郎だ。俺は、俺は……っ。 「ヒト……っ」  ぐったりとした様子でベッドに倒れ込み、か細い声で俺を呼んでいる。  そんなカワイの姿を見て、俺は、ただ。……ただ、己を責めるしかできなかった。

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