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翌朝の俺は、いつもより早く起きたつもりだった。
作り置きの料理を温めて、朝食の準備をしようと。もしも使っていい作り置き料理が無いのならコンビニに行って朝ご飯を調達しようと、そう思った。
だけど、カワイの朝は俺の想像よりも早かったらしい。
「あれ。おはよう、ヒト。今日は早いね」
「おはよう、カワイ。……カワイには負けるよ、本当に」
なんと既にカワイは調理を始めていて、それどころか俺の目にはその料理が完成しているようにすら見えるのだ。
「今日の朝はシンプルにしちゃった。キノコとホウレンソウのサンドイッチ」
「いやいやとっても豪華ですが?」
「お弁当はもう少しで完成するよ。だから、ヒトは顔を洗ってきていいよ?」
「うぅぅん俺の馬鹿!」
かなり早く起きたつもりだったけど、こんなに行動の差が出てくるとは。もしかしてカワイ、俺が早く起きることを想定してさらに早く起きた……とか? なんだかその可能性が濃厚だ。
「カワイ、あのね。俺にも分かるんだよ、その、カワイが今感じている【不調】が、さ。だから、なんて言うか……」
カワイに近付きながら、俺はゴニョゴニョと言葉を紡ぐ。すると、カワイは俺を振り返って笑顔を浮かべた。
「ふふっ、変なヒト。口がモゴモゴしてる」
「いや、えーっとね? その、それは指摘通りなんだけど……」
「大丈夫だよ。言いたいこと、分かってるから」
カワイは笑顔のまま俺を見上げて、言葉を続ける。
「デリケートな話題だと思って、気を遣ってくれてる。だけどちゃんと言わないと、ボクがムリをしちゃうって思ってる。だから話難いけど、言葉にしてくれた。……そうでしょ?」
「仰る通りです……」
「優しいね、ヒト。それに、分かり易くてカワイイ」
「いや、そんなことは……」
これがカワイの本心で、心から俺を可愛いと思っているのだから、敵わない。
「大丈夫だよ。自分の体のこと、ボクが一番ちゃんと分かってる」
「そうかも、しれないけど……」
「それに、こうして朝の準備をするのがボクのルー……ルー、なんとか。だから」
「ルーティン?」
「そう、それ」
そういうもの、なのかな。俺にはあまり、共感できない。
だけど、カワイはこんなことで嘘を吐かないはずだ。だからきっと、カワイの言葉は本心。
気にならないと言ったら、さすがに嘘。ベッドで寝ていてほしいし、家事なんて大変なことは俺に任せてほしいとすら思う。
だから……。
「分かった。だけど、使命感で動かないでね。ちゃんと、自分を大切にしてね。……約束」
「うん」
過保護だ心配性だって、言われたっていい。カワイがどれだけ『大丈夫』と言ったって、気になるものは気になる。
……しかしそれは、本当に【カワイを想って】なのだろうか。俺自身が【不調】を知っているから、過度で過敏な思い入れをしているだけなのかもしれない。
「ヒト? 難しい顔してる」
「えっ。……あっ、ご、ごめん」
「早起きしたからかな。でも、二度寝はダメ。ヒト、起きられるか分からないから」
「そ、そうだね。大人しく、顔を洗ってきまーす……」
駄目だ、考えるのをやめよう。これは【悪魔】に対する、俺の悪い癖だ。
カワイの頭を一度だけ撫で、俺は洗面所に向かう。そんな俺に、カワイは可愛らしく手を振ってくれた。
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