1 / 33

第1話

 人との出会いは、どこかで神様が采配しているのではないかと思う時がある。  高倉真嗣(たかくら まさつぐ)は一秒でもズレていたら真下隆也(ましも たかや)と出会えなかっただろう。  真嗣はファミレスで昼食を終えた後、会計をする前にトイレへ行き、窓側のテーブル横を通って出口に向かった。 「痛っ…」  真嗣がちょうど横を通りかかったその時、その声が聞こえた。真嗣は何気無くなく目をやると、四人掛けのテーブルに、真嗣よりだいぶ華奢で、少し癖のある金髪に近い茶色の髪を肩まで伸ばしている男が一人、右の人差し指を見て顔をしかめている。真嗣はテーブルに開いた状態で置いているクロッキー帳を見て、どうやらその男は紙で指を切ったんだと思い、紙で切ると痛いよなと同情した時、その男と目が合った。男にしては二重のくっきりとした大きな眼で、何か用?とばかりに真嗣を見た。すると真嗣は、自然とそうすべきであるかのように、手に持っていた財布から絆創膏を取り出して 「よかったら、使って」  とその男に渡した。 「あっ…どうも」  その男は、通りすがりの見知らぬ男からの突然の絆創膏の提供であったが、臆することなく受け取った。  細くて白い人差し指は血が滲んでいた。  真嗣は絆創膏を渡すだけのつもりであったが、テーブルのクロッキー帳に描かれている絵を見て、少し声をかけたくなった。その男はデザイナーだと思ったからだ。 「紙で切ると痛いよね。俺もたまにやるから」  その男は、上目遣いで真嗣を見て頷き、絆創膏を貼るのに手間取っている為か、少し険しい顔をした。 「右手だから、貼りにくいね。貸して」  真嗣は絆創膏を少しきつめに指先に巻いた。 「どうも…」  その男はとくに表情を変えることなく言った。 「あの…ひょっとして、デザイナーさん?」 「そうだけど…なんで?」 「やっぱり…そのクロッキー帳見たらそうかと思って…俺、パタンナーしてるから、ついね」  真嗣の仕事はパタンナーだった。  その男は真嗣に興味を示すわけでもなかった。真嗣はクロッキー帳のやわらかな線描画の美しさに魅了された。目が離せなかった。その線描画はポーズを変えた幾体もの女性のシルエットだった。まだディティールは描かれていないざっくりとしたものだがスーツのデザインだとわかった。  まさしく釘付けになってそのクロッキー帳を見ている真嗣に、男は声をかけた。 「…あのさ、見るんだったら、座ったら」  真嗣はその声に、はっとして男の顔を見た。さっきの無表情より少し柔らかな表情になっていた。

ともだちにシェアしよう!