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第2話

「ごめん。じっと見てしまって…」  そう言いながらも、真嗣はまたそれを見ていた。 「だから、見たいんだったら座れば?」  男は笑いを含んだ声で言った。 「あっ…ごめん。じゃあ」  真嗣は遠慮がちに男の向かいに腰を下ろした。 「俺のクロッキーいいだろ?」  男は得意げに言った。 「うん…柔らかだけど、芯がはっきりしてて、クロッキーの時点でその服のイメージが伝わってくる」  男は真嗣の言葉に気をよくした様子で、 「あんた、ドリンクバーで飲んでた?」 「そうだけど」 「じゃあ、俺のも一緒に入れてきてよ」  真嗣は急に馴れ馴れしくなったこの男と話してみたくなった。三杯目のアイスコーヒーとその男の氷をたくさん入れたメロンソーダをテーブルに運ぶと、名刺が置いてあった。 「俺、ここでデザイナーしてんだ」  その名刺には『オフィス ベルクージャ』とあった その下に デザイナー 真下隆也 と。 「えぇっ…ベルクージャって是澤先生のとこだよね」 「そう、知ってる?」 「当たり前だよ。この業界以外でも先生の名前とブランド名は周知されてるだろ」  その男、隆也は名刺を見せた時の真嗣のような反応は幾度も経験しているかのようだった。 「あんたは、なんのパターン引いてるの?」 「俺は、以前は婦人服だったけど、数ヶ月前から子供服に変わった」 「ふぅん…子供より婦人服の方がいいんだ」 「まぁね、でも会社には逆らえないからね」  そう言うと、真嗣も隆也に名刺を渡した。  『株式会社 さくら    チャイルド 第一課  高倉 真嗣』 「へぇ。めちゃくちゃ大手じゃん」 「まぁ、大手だけど。普通に会社で、組織の中にガッツリ組み込まれて毎日仕事してる」  真嗣はスマートでおしゃれなマタニティウエアのパターンを作り、それがヒット商品になった。その腕を見込まれて、子供服に求められる動き易さと可愛いさ両面を充実させたヒットする服を作れと転属させられたのだった。 「そちらのような少数精鋭とは違って、いくら会社は大きくても、個人単位で考えたら、そこのタラコの粒みたいなもんでさ、小さな粒が集まってようやく一塊だよ」  真嗣は隆也が食べた後の皿にひっついているタラコの粒を見て言った。 「面白いこと言うね。じゃあ、あんたは真嗣君じゃなく、マサツブ君にしたら」  真嗣は一瞬表情が固まったが、『マサツブ』がツボにはまり、笑いが止まらなくなった。 「ねぇ、もう一回自己紹介していい? 初めまして、俺、高倉マサツブといいます」  そう言って、また一人でゲラゲラ笑った。

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