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第33話
『桜日和』の出荷に向けて、真嗣は最終のチェックをしているところに、経理の女性パート職員が封筒を持って真嗣のところにきた。
「真嗣さん。真嗣さん宛に届いてますよ」
と言って、エンボス加工が施された白いA4サイズの封筒を真嗣の机に置いた。真嗣はその封筒を手に取った。裏に印刷されている住所は特に覚えもなく、差出人の『T-wind』を見ても首を捻った。カフェかレストランからだろうと思って、また机の上に戻そうとした時、一瞬、思いが駆け巡った。wind…風…T…タカヤ。
真嗣は急いでその封筒を開けた。封筒の中にはウェディングドレスのパンフレットと白い封筒に入った手紙があった。隆也からだった。
『 真嗣へ
元気そうにしてるな。
お前の頑張りはホームページで毎日必ず
チェックし ている。
いつもお前が頑張っているから、俺も
頑張れている。
時間がかかったが、ようやくブランドを
立ち上げることができた。お前と俺の
ブランドだ。
お前が戻ってから美香ちゃんから連絡を
もらったんだが、あの賞の後、新聞社に、
あのドレスはどこに売っているのかと
問い合わせが何件もあったそうなんだ。
お前が決断したように、俺も今がその時
と思った。
ベルクージャを辞めてお前が俺のために
作ってくれたあのドレスで勝負をしよう
と思った。
まぁ、そこから色々あったんだが、この春
ようやく展示会を開催できることになった。
その展示会で高倉酒造の『桜日和』をノベ
ルティとして使わせてもらえないだろうか。
一度連絡がほしい。
隆也
追伸
パンフレットの裏表紙のイラストは
俺が描いたお前と俺の、あのタコチューだ。
』
真嗣は手紙を読み終えると、パンフレットの裏表紙を見た。柔らかで繊細な線描のイラストがあった。
真嗣はクスッと笑いながら、スマホを手に取るとパンフレットに印刷されている電話番号を押した。
(…お客様がお掛けになった電話番号は現在使われておりません。番号をお確かめになって…)
真嗣は溢れてくる涙で、電話番号を見間違えたのだった。天井を見上げると、涙が頬を伝う。
真嗣は机の上のティッシュを取って、目頭をしっかりと押さえると、ついでに鼻もかんだ。そして二回深呼吸をすると今度は間違えないようにゆっくりと番号を押した。呼び出しのコールは一回で、つながった。
(お電話ありがとうございます。『T-wind]』です)
電話口の向こうで、懐かしい声が聞こえた。
「…もしもし。俺…真嗣です…」
真嗣が次の言葉を言うまでに、ほんの少し時間が必要だった。
おわり
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