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第32話

 真嗣は昔からの正統派の一升瓶や四合瓶の日本酒だけではなく、もっと多角的に新しい酒造りを始めるべきだと言った。この話しになると嗣夫はいつも渋い顔をする。そんな中、真嗣の話しに熱心に耳を傾けるのが伯父の誠治だった。誠治は、このままではどうにもならないことを理解はしていても、さほど危機感もなく今一歩踏み出せずにいる嗣夫といつも言い合っていた。 「まぁちゃん、俺はまぁちゃんの意見に賛成だ。今なんとかしないと、本当に立ち行かなくなる。まぁちゃん、親父さんを説得してくれないか?俺はなんといっても立場が弱いんでね」  真嗣は思わぬ援軍を得た。そして誠治は、高倉酒造は昔はその季節になると杜氏に来てもらっていたが、高齢による杜氏の減少で、今は蔵元である嗣夫や誠治が杜氏をしていると言った。だから自由な発想で自分達のアイデアで酒造りをすることができるのだと。  真嗣の腹が決まった。若者受けするスタイリッシュでお洒落な日本酒を目指した。  嗣夫は、何がスタイリッシュだと馬鹿にしたが、今はやってみなければ始まらないからと言って、まず、手始めに高倉酒造のホームページを開設した。とにかく今はSNSの時代だ。新商品の宣伝や子供でもわかるような日本酒の作り方、ちょっとしたトピックも載せて、こまめに更新をした。絶対に隆也が見てくれていると信じていた。  真嗣は、桜の季節に飲みたくなる酒を作りたいと言った。微発泡でほのかな桜の香りがして一回で飲み切れる一合瓶。そして、その瓶やラベルにもこだわりたいと。誠治は大いに乗り気であった。酒造りは誠治に任せ、真嗣はラベルのデザインを昔のコネを使って懇意にしていたデザイン事務所に頭を下げた。  そして、出来上がった酒を『桜日和』と名付けてホームページに載せた。そして花見ができるカフェやレストランにも飛び込みで営業をしに行った。初年度は数量限定で販売をしたが、SNSの効果もあり完売をすることができた。二年目の『桜日和』は年明けに早々に予約注文が入るまでになっていた。  

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