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第1話

今日もかぁ。毎日テレビ、スマホ、人との会話などで同じ言葉を見たり聞いたりしている。気になり出したのは一ヶ月くらい前、「恋人」という文字をよく見たり、聞いたりするようになった。 これは何かの前兆なのだろうか。ネットで調べてみると自分に対するメッセージと書いてあった。 この言葉を通じて何か伝えたいことでもあるのだろうか? ◇◇◇ 俺の名前は、佐藤優樹。至って普通の高校生だ。成績はあまり良くない。顔はどこにでもいるような普通の顔。身長は平均より少し下なのがコンプレックス。 家族、友達とも仲が良い方だと思う。ただ、男が恋愛対象という点だけが普通ではない。 それに、密かに好きな人がいる。 名前は桐ケ谷晶太。同じ学校、同じクラスの同級生。 生徒会所属、イケメンで愛想も良く文武両道。学校の人気者だ。因みに、桐ケ谷と俺の関係はただのクラスメイト。というか、クラスメイトと認識されてるのかどうかも怪しい…同じクラスになってから一度も話したことはないから。 だが、それでいい。モブはモブとして高校三年間を送っていけばいい。 遠くから見れるだけで良いのだ。 多くは望まない。 などと思っていた時期がありました。 次の授業の準備をしてると出しっぱなしにしていた筆箱が落ちて床に筆記用具を広範囲にぶちまけてしまった。 仕方ない。立ち上がって拾っているとバキッという音が聞こえた。 顔を上げると目が合ったのだ、桐ケ谷と。 サラサラした黒髪、正統な顔立ち、スラリと伸びた手足。 「…ごめんっ!シャーペン割れちゃったな」 「え、あ、安物だし大丈夫!」 「本当ごめん…弁償するよ」 「いや、本当に大丈夫だから!」 などとやり取りをしてる間に休み時間が終わってチャイムが鳴った。 授業を受けながらさっきやったやり取りを思い出す。 めっちゃカッコよかったな、あんなに至近距離で見たのは初めてだ。 てか、初めて喋っちゃったよ!少しだけど。さっきのやり取りを頭の中でループして、ニヤけるのを我慢するのに必死だった。 今日は出席番号の日にちで先生に当てられたが聞いてなくて怒られたのは言うまでもない。 ◇◇◇ 夕暮れに染まった教室の中で1人日誌を書きつつ、帰ったら何しようと思いながらペンを走らせる。 外からは運動部のかけ声が聞こえてきて、風がいい感じに涼しくて心地がいい。 廊下からバタバタと足音が聞こえて止んだかと思えば教室の扉が開いた。 「あ…!よかった、佐藤まだいた!」 「桐ケ谷…?」 突然、桐ケ谷が現れてこちらに向かってくる。少し息が乱れていて、息を整えてから話し始めた。 「よかった…帰ったと思ってたから」 「…日誌書かなきゃいけなくて、桐ケ谷はどうしたの?」 白い紙袋をこちらに差し出すと桐ケ谷が口を開く。 「一昨日、シャーペン割ってごめん 替わりで申し訳ないけどこれ良ければ使って」 紙袋を受け取り中を開くと、新品のシャーペンが入っていた。 「気にしなくて全然いいよ! あれ元々壊れかけてていつ壊れてもおかしくなかったんだよ、だから桐ケ谷が謝る必要ないよ」 「だとしても、こういうのはキチンとしたいっていうか、受け取ってもらえるとありがたい」 桐ケ谷の好意を無碍には出来ないのでありがたく受け取った。ここで断っても逆に感じが悪くなる。 「…ありがとう、大切に使うよ」 「こちらこそ、ありがとう……佐藤、英語苦手なのか?」 「え?…あー、うん、そうなんだよ中学の頃から苦手でさ」 日誌の一日の振り返りの欄に、英語が苦手で毎回眠くなると書いていたのを桐ケ谷に読まれた。不覚だった。 少し恥ずかしいが隠すのも意識してるみたいで余計に恥ずかしいので特に気にしてません風に装った。 「来週、英語の小テストだけど大丈夫か?教えようか?」 そうなのだ。来週英語の小テストを控えている。多分このままいけば赤点を取る自信がある。 「でも、桐ケ谷も自分の勉強あるだろ?迷惑なんじゃないか?」 「英語なら得意だよ、それに人に教えると自分も勉強になるし」 「…じゃあ、本当に良いのか?」 「いいよ、明日の放課後図書室でやろうか」 「ありがとう、助かるよ」 桐ケ谷と別れてまた1人教室に残った俺は先ほどの夢のようなやり取りに呆気に取られていた。 壊したシャーペンのお詫びに新品のシャーペンを貰い、英語が苦手とバレて桐ケ谷に英語の小テスト勉強を教わることになったが情報量が多いな。 今まで関わることはないと思っていた人が近い距離にいるってすごく不思議なことだと思う。 ◇◇◇ 今日から放課後に図書室で勉強をすることになった。 桐ケ谷の教え方はとても上手くて英語担当の先生よりも俺は理解ができた。 「すごい…毎年、英語の成績2の俺が問題を解けた」 「佐藤は飲み込みが早いんだな、教え甲斐がある」 桐ケ谷先生からお褒めの言葉を頂いたから空も飛べそう!なんて思考が単純すぎるな。 「桐ケ谷って教え方上手いな、教師向いてそう」 「佐藤は褒め上手だね、でも教師になる気はないなー、英語が好きってだけだから」 「そうなんだ」 特に親しくもない俺たちの関係で聞いても良いのか迷ったがやっぱり聞かないことにした。 期間限定で勉強を見てもらってるしそれが終わったら多分元の関係に戻るだろうから。 「あのさ、勉強見てもらってるお礼がしたいんだけど、何がいい?」 「…お礼はいらないよ、俺から言い出したし」 「…じゃあさ、小テストの日までには考えてほしいんだけどそれでもいい?」 桐ケ谷は目を少し大きくして、クスリと微笑んだ。 「分かった、その日までには考えるよ」 「あ、あまりにも高い物だけは無しな??俺から言い出しといてアレだけど…」 「はははっ…了解!」 ニコッと目を細めて笑っていて、綺麗だなと俺は思った。 ◇◇◇ 「おはよう、佐藤」 「おはよ」 挨拶することにも慣れて普通に返せるようになった。 最初こそ、緊張していたが挨拶してくれると嬉しい気持ちが勝ってしまう。 「佐藤、桐ケ谷と仲良かったっけ?」 「あー、まぁ成り行きでって感じ」 いつも連んでいる友達に聞かれて何となく返答に困って言葉を濁す。別に隠すようなことじゃないが秘密にしておきたかった。 そして今日は、英語の小テストの当日だ。約束してたお礼の返事も今日までだ。教えてもらった桐ケ谷のためにも、新しいシャーペンで頑張ろうと思う。 かなり手応えはあったと思う。 今までにないくらい最高の出来だ。 テストが早く返ってきてほしいと思うのは初めてだった。 「佐藤、今ちょっといいか?」 昼休み、弁当を食べ終えて友達と喋っていると桐ケ谷に呼ばれた。 「うん」 「いってら〜」 ◇◇◇ 人気のない階段の踊り場に着いて桐ケ谷が口を開く。 「佐藤、小テストどうだった?」 「結構いい線行ったと思うんだよなぁ、英語のテストで空欄無く埋めれたの初めてだよ、これも桐ケ谷のお陰だな!ありがとう」 「マジで?佐藤が頑張ったからだな、俺も教えて良かった」 優しくふわりと微笑まれるたびに胸がギュッと締め付けられて苦しい。 あぁ、やっぱり笑顔が綺麗だなと思う。 「でさ、この前言ってたお礼のことなんだけど…」 「あ、決まった?何でもいいよ!」 「俺と…」 「うん」 「友達になってほしい」 まっすぐな瞳を向けられてそう告げられた。 「…え、それは逆にいいの?」 「友達になって、どこかに出掛けたり、いろんな話がしたい」 何だか自分の方がたくさん貰っている気がするのは気のせいだろうか。 この一週間でいろいろありすぎて大丈夫か?? 「俺も桐ケ谷と出掛けたりしたい!」 「ありがとう!よろしくね」 気づいたら思ったことを口に出していた。今までは遠くから見てるだけで良かったのに、関わることなく高校3年間を過ごそうと決めていたのに…こんなことってあるんだな。 この日俺たちはクラスメイトから友達に昇格した。 連絡先を交換してから、遊びの約束、たわいもない雑談などをしている。 話してみて分かったが、桐ケ谷の話は面白い。イケメンで愛想も良く、文武両道、話も面白いって完璧すぎじゃないか?だからと言って近寄りがたい雰囲気はなくて、ふんわりと優しい陽の雰囲気がある。そこが人気の理由なんだろうなと思う。 そして今日は、桐ケ谷と出かける日だ。 映画館に行くことになり、偶然見たい映画が一緒で意気投合して見ることになったのだ。 待ち合わせ場所に行くと女の子達に囲まれていた。モデルみたいに突っ立っていれば声かけられるよな、行きづらい…。まだ待ち合わせの時間まで10分くらいあるが意を決して行くことにした。 「桐ケ谷!」 呼びかけると女の子達が一斉に振り向いて目線が合うができるだけ見ないように向かう。 「佐藤!…ごめんね、友達と約束があるから」 爽やかな笑顔を見せて断ると女の子達は笑顔にやれたのか目がハートになっているように見えた。 笑顔だけで人、殺れるな。 「佐藤、助かった…ありがとう」 「正直、すごく行きづらかった…」 「ごめん、今日奢る」 服装をチラリと見るとシンプルなのにすごく似合っていてかっこいい。 学校でも付けているゴツい腕時計も肌の色は白に近いから余計に映える。 その時風が吹いて、桐ケ谷と俺は少し顔を顰めて風に耐える。 偶然、左耳にピアス跡があるのを横目で見つけた。 意外な一面を見て胸がドクンと高鳴った。 「急に風吹いたね、大丈夫?」 「う、うん!大丈夫!」 別の意味では全然大丈夫じゃないけどね。 映画館に着いて、ポップコーンとドリンクを買って目当ての映画を見た。話題のアクション映画なこともあり結構混んでいた。 映画を見ている最中、桐ケ谷と映画を見ていることが嬉しくて集中しようと思ったが出来なくてずっと上の空だ。暗い場内の中、ドリンクのカラカラと鳴る氷の音、映画から聞こえる音、その全てが場内にいる人達を包んでいるようだった。 ◇◇◇ 「映画面白かったね」 「あぁ、話題になってる理由分かったわー面白かった」 歩きながら話していると、すれ違う人々がチラリと桐ケ谷の方を見ているのが分かる。改めて今隣で話してるのかなりすごいのでは? たった数週間の出来事でここまで変わるとは自分が一番驚いている。 意外にも映画の趣味があったり好きなゲーム、好きな漫画の系統が似ている。 こんなことなら早く話していれば良かったかもしれない。なんて思ってしまったり。 「…あのさ、待ち合わせ場所にいた時風吹いたじゃん?あの時、左耳にピアス跡見えたんだけどピアスするんだな」 「あぁ、中学の時に開けたんだよね周りも開けてたから興味があってさ」 「へぇー…もう付けないのか?似合いそうだけど」 「そう?んー…とりあえず興味本位で開けたって感じだからまた付けるかは分からない」 「そっか、もし付けたら見てみたいな」 「いつかね」 あの完璧な桐ケ谷もそういう感情を持つのだと少し驚いた。 他の同級生より大人っぽい桐ケ谷は人より一つ、二つは先に進んでいる印象があったから、親近感が湧いた。 ◇◇◇ 「桐ケ谷!小テスト満点だった!」 休み明け、英語の小テストが返ってきた。結果は満点だった。屋上で弁当を食べている時にそのことを話した。 「マジで?!良かったな〜、佐藤が頑張ったからだな」 頭に手のひらを乗せられてよしよしと撫でられた。 「…き、桐ケ谷…これはちょっと恥ずかしい…」 しどろもどろに伝えると、パッと離されて少し撫でられた感触だけが残った。 「あ…ごめん、俺弟がいてさ、佐藤見てると構いたくてつい…」 「何だそれ笑…弟って何歳?」 「6歳、小学1年」 「へぇー、かなり離れてるんだな うちは3歳上の姉貴がいるよ」 「そっか、弟っぽいっていうのは間違いじゃなかったな笑」 「あはは、だな笑」 「弟」たかがその言葉が少し引っかかったがそれ以上考えることは辞めた。 「あのさ、面白そうな映画見つけたんだけど今日予定とかなければ家で見ない?」 「え、マジ?行っていいのか?」 「うん」 こうして、桐ケ谷の家にお邪魔することになった。 早く学校が終わらないかなという思いと緊張が混ざった気持ちを抱えて残りの弁当を平らげた。

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