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第3話 もっと支配されたい(4)★
帰宅してシャワーを浴びると、犬飼は早々にベッドへ横になった。
このまま寝てしまってもいいのだが、まだこの浮ついた気分を味わっていたい気もする。なんせ、こんなふうに誰かを想うのは初めてのことなのだ。
デートにしたって待ち遠しいというか、会社でもなんでもいいから、もう会いたくなっている。どうせなら、今日も自宅に誘えばよかったかもしれない。
(いや、それはさすがに早計か。がっついていると思われたくはない)
我ながら浮かれすぎだ。犬飼は眉間を抑えて、甘ったるい考えを打ち消す。
せっかく尊敬してくれているのだし、上司としてイメージを損なうことは避けたい。そう、避けたいのだが――、
(手遅れのような気もするな……)
羽柴と仮パートナーになってから、もう何度かプレイを繰り返していた。その度に犬飼は、《サブスペース》と呼ばれるトリップ状態に陥り、無防備な姿を晒してしまっている。
サブスペースとはSubがDomを受け入れ、完全に支配下にある状態だ。このときのSubは多幸感に包まれて、陶酔感を味わうことになる。
とはいえ、実のところ――サブスペースに入ったのは、羽柴とのプレイが初めてだった。それもそのはずで、ポメラニアンが云々といった事情も含め、自らを委ねきることができなかったのだ。
「自分をさらけ出して、受け入れてもらえることが……こんなにも幸せだなんて」
犬飼は枕に顔を埋めて、あらためて羽柴の顔を思い浮かべる。
(……好きだ)
胸の内でそう呟いた途端、トクンと心臓が跳ねるのがわかった。相手の好意を知ったところで、現金なものだと思いつつも、自覚した感情はもう抑えられない。
ただし、それとは別のところで、物足りなさを感じているのも事実だった。引け目を感じているようだから、決して強要はできないが、Subとしてはもっと――、
「――……」
そうこう考えているうちに、瞼が重くなってきた。
犬飼は欠伸を噛み殺しつつ、掛け布団を手繰り寄せる。そのまま意識を委ねるように、ゆっくりと目を閉じたのだった。
◇
室内は照明が落とされ、しんと静まり返っていた。
そんななか、仄 かに点けられたベッドサイドランプだけが、ぼんやりと人影を照らしている。
――目を凝らせば、それは羽柴だった。羽柴はベッドの縁に腰かけ、跪いている犬飼のことを見下ろす。
「蓮也、Strip 」
その口から告げられたコマンドは、思いもよらぬものだ。
犬飼は驚きのあまり言葉を失うも、言いようのない高揚感を覚えてたまらなくなる。次の瞬間には、自然と手が動いていた。
「………………」
カーディガン、Tシャツ、スキニー……と一枚ずつ服を脱いでいく。その様子を羽柴がつぶさに見つめてくるものだから、居たたまれない気分でいっぱいになった。
やがて、下着一枚になったところで手を止めるも、羽柴の視線が突き刺さる。
「嫌ならセーフワード言っていいよ? そしたら、すぐにやめてあげる」
そう言われても、抗うすべなど持ち合わせていない。犬飼は羞恥に震えながら、最後の一枚も脱ぎ捨てた。
股間を手で隠しつつも、一糸まとわぬ姿になると、羽柴が柔和な笑みを浮かべる。が、いつもの人懐っこい顔ではなく、どこか嗜虐的な色を帯びていた。
「綺麗だよ、蓮也。恥ずかしいのに、ちゃんと言うこときけてえらいね――Good boy 」
優しく紡がれた誉め言葉に、犬飼はうっとりと目を細める。
ご褒美とばかりに頬を撫でられれば、悦びをあらわにするかのように自身が頭をもたげ始めた。それに気づいてか、羽柴が目ざとく腕を掴んでくる。
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