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第4話 甘酸っぱいデートと波乱(4)
見れば、隣を歩く犬飼は穏やかに目を細めている。その慈しみともとれる表情に、羽柴は一瞬にして心を奪われた。
(なんだか不思議だ。男同士だっていうのに――犬飼さんは、そういったの全然感じさせないっていうか)
日本でも同性婚が認められて、もう何年になるのだろうか。偏見などはほぼ皆無だし、街を歩いていても、同性のカップルや夫婦をよく見かける。
しかし、自分とは無縁のことだとばかり考えていた。
今まで付き合ってきたのはみな異性で、一度たりとも同性を意識したことはない。ただ、不思議と犬飼には惹かれてしまって、考えものだった。
(……まずい。ますますハマってる)
久々に感じる甘ったるい感情に、むず痒い心地にもなってしまう。
容姿端麗で、仕事もできて、非の打ちどころがない上司。尊敬こそしていたけれど、今ではもっと親密になりたいと思うのは、いったいなぜだろう。
いつの間にやら、周囲にはカップルの姿が多く見受けられるようになっていた。そんな折、ふとした拍子に犬飼と手がぶつかってドキリとする。
街行く人に感化されたわけでもないが、このタイミングで手など握ったら叱られるだろうか。いや、それでも、
(触りたい――)
思うが早いか、羽柴は犬飼の手に触れた。そっと包み込むように握ると、ぴくりと反応が返ってくる。
犬飼は何も言わなかった。が、やがてその指先がおずおずと動きだす。
「――……」
柔らかく握り返された手。触れ合った部分から伝わってくる熱に、羽柴は胸がいっぱいになった。
横目をやれば、犬飼の耳はほんのりと赤く染まっている。前を向いているぶん、表情は確認できないものの、愛おしさが込み上げてならない。
(犬飼さん、どうして?)
同じ気持ちだと思っていいんですか――そう訊ねたくなるのを堪えて、歩調を合わせる。
自分の中にある感情と向き合う時間が必要だった。この期に及んで、まだ踏みとどまっているのか、募りゆくそれに、はっきりと名前をつけることができない。
しばらくの間、二人は無言で歩いていたが、そのうち犬飼が静かに切り出した。
「うち、来るだろ?」
「えっ?」
「プレイの練習をするんじゃなかったのか?」
「あ、ああ~っ! そうでしたね!?」
……変に意識してしまった自分が恥ずかしい。
思わず動揺を隠せずにいたら、犬飼がムッとした様子で見上げてきた。
「なんだその返事は。まさか、もう帰る気でいたと?」
「そんな! 違いますよっ!」
「本当だろうな」
疑わしげな目を向けられ、羽柴は眉尻を下げた。
こうなっては、もう腹をくくるしかあるまい。
「俺、もう少し一緒にいたいし――犬飼さんのこと、まだ帰したくない」
相手の顔をしっかりと見つめ、握った手に力を込める。
すると、犬飼は口元に手を当てたのち、クスッと笑ってみせたのだった。
「羽柴にしては上出来だ」
その一言に、羽柴の胸がまた一段と高鳴ったのは、言うまでもない。
マンションの共同玄関をくぐる頃には、日も落ちかけていて、辺りはすっかり薄暗くなっていた。
犬飼の部屋に到着すると、さっそくリビングへ通される。促されてソファーに腰を下ろすも、どうにも落ち着かない。
かたや犬飼はジャケットを脱ぎながら、こちらを振り向いた。
「ストールはしばらく預かっていても構わないか? 洗ってから返したい」
「え、そんないいのにっ」
「駄目だ。汗もかいているだろうし、不衛生だろ」
「あ……すみません、ありがとうございます」
肩をすぼめる羽柴に、犬飼は苦笑混じりに眉をひそめる。ストールとジャケットをハンガーに掛けると、ゆっくりとソファーの方へ歩み寄ってきた。
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