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最終話 そして、その後の彼ら(3)

「え……」  思わぬ言葉に、犬飼の胸が大きく音を立てた。  羽柴は体を起こしながら、こちらの顔を覗き込んでくる。その瞳には心配の色がありありと浮かんでいた。 「最近、元気ないですよね? 何かあったんですか?」  そう問われ、犬飼はしばし逡巡する。  やはりというべきか。いずれは話そうと思っていたし、こうなっては観念するほかない。 「実は――」  意を決し、起き上がりながら口を開いた。  ベトナム駐在の辞令を出されたことを伝えると、さすがに羽柴も驚いたようだ。目を丸くし、言葉を失うようにしてこちらを見つめてくる。  そして、ようやく口を開いたかと思えば、 「おめでとうございます! やりましたね、大抜擢(だいばってき)じゃないですかっ!」  目を輝かせ、まるで自分のことのように喜ぶ羽柴。かたや犬飼は呆気にとられた。 「いいのか、君はそれで。……三年もの間、離ればなれになるんだぞ」  そこが気がかりでならないというのに、どういった了見だろう。  犬飼が低く問えば、羽柴はきょとんとした顔になる。それから、さも当然のように言ってのけたのだった。 「だって蓮也さん、俺に引き留めてほしいわけじゃないでしょ? 誰よりも仕事熱心なところ、いつだって見てきたんだし、それくらいわかりますって」  図星を突かれ、犬飼は押し黙る。  きっと羽柴に引き留められたら、彼を理由にして日本にとどまることも考えただろう。だが、それが本当に自分の望みなのかと問われたら――答えは否だ。  悩んでいるようで、とっくに決心はついていたのだと思う。「離れなければならない」とわかっているからこそ、胸が苦しいのだ。 「せっかく、恋人同士で……パートナーになれたのに」  無意識のうちに、ぽつりとそんな言葉がこぼれ落ちた。  頭では理解していても、ままならない感情が膨らんで押し潰されそうになる。たまらず羽柴の胸に身を寄せれば、優しく背中を撫でられしまった。 「大丈夫。俺はもう、蓮也さんだけのDomですよ。――だから、安心して行ってきてください」  羽柴は両手で犬飼の首輪を包み込み、こつんと額を合わせてくる。 「羽柴……」 「俺、ちゃんとこまめに連絡するし。会いに行くのはなかなか難しいかもだけど、二度と会えないわけじゃないんだから」   それは犬飼の背中を押すような言葉だったが、同時に自分自身にも言い聞かせているようだった。その証拠に、どことなく瞳が揺れていて、寂しげな表情になっているのがわかる。  犬飼は首輪に添えられた手に、やんわりと自分の手を重ね合わせた。 「俺が日本に戻ってくるまで、待っていてくれるか?」 「もちろん。蓮也さんのこと、信じて待ってます」  迷いのない眼差しで言い切る羽柴に、ますます胸が熱くなる。  今の自分は情けない顔をしていることだろう――が、それでも構わない。唯一、この男の前でなら、弱い部分もさらけ出したいと思えるのだから。

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