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Ⅰ 第4話 ※

「はっ、はあっ、…はあっ……」 師匠の看病をしていて、すっかり遅くなってしまった。 師匠のことはレイスに任せたから心配ないけど、宗主の呼び出しに遅れるのはまずい。 しかもこれは、シアンにヴォルガー派を支援して貰うための交換条件なのに…! そろそろ体力的にも限界というところで、やっとイーシュ邸に着いた。 護衛に名乗り、宗主に呼ばれていることを伝えると、すぐに通してもらえた。 やっぱり今や世界で一番強大な門派なだけあって、ヴォルガー派と比べ物にならないくらい広々としていて豪華な建物だ。 屋敷の最深部である重厚な扉のついた部屋まで案内されると、護衛はどこかへ行ってしまった。 少し息を整えてから扉をノックすると、名乗る間もなく「どうぞ」という澄んだ声が扉の向こうから聞こえてきた。 重たい扉を押し開け部屋に入ると、シアンが優雅にお茶を飲んでいる姿が目に飛び込んできた。 その光景はまるで、絵画でも見ているかのようだ。 「兄さん、やっと来てくれた。遅かったね」 本当はもうちょっと早く着くと思ったんだけどな…。 疲れて何回も歩いて休んでいたら、こんなに遅くなってしまった。 今日のことで、自分の体力のなさを再認識した。 きっとシアンやレイスだったら、こんな距離屁でもないのだろう。 「何かあったの?とりあえず座って」 カップを机に置いて、柔らかく微笑みながら問いかけてくる。 「……悪い。ちょっと師匠の調子が悪くなって…」 俺がそういった途端、シアンは先程までの柔らかい笑みを消した。 まるで一切の感情をなくしたようなその顔に、無意識に一歩後ずさる。 「兄さんはさ、俺との約束より師匠のほうが大事なの?」 「え…」 シアンはそう言いながら、立ち上がってゆっくり歩いてくる。 急になんだ? なんでそんな事聞いてくる…? なんだか、シアンの周りの空気が重たくなったような気がする。 何も答えられず、シアンから距離を取りたくて少しずつ後ろへ下がっていく。 ────再開したときから感じていた違和感。 昔のシアンは容姿も相まって感情のない人形のようで怖かったけど、今のシアンは昔とは違う怖さがある。 あの貼り付けたような笑み…。 そこに感情は一切なくて、周りの人間の真似をして、ただ上辺だけの笑い方を覚えたみたいな…。 今は、以前全く見せなかった笑顔を見せるようになったけど、きっと昔からシアンは何一つ変わっていない。 どんどん距離を詰められて、とうとう扉の前までたどり着いてしまった。 …もう下がれない。 いっそのことこのまま部屋から出ていきたい…。 扉に肩がぶつかると、シアンが俺の顔の横に両手をついた。 どんっ、というその音に肩を震わせる。 「答えてよ」 無機質な声が部屋に響いた。 左右も前後も塞がれて、もうどこにも逃げられない。 シアンと目を合わせられなくて、俯いたままぐるぐると何を言うべきか考える。 どっちが大事って…。 俺にとって一番大切なのは師匠だと即答してしまいそうだけど、今はヴォルガー派の皆のことも同じくらい大切に思っているし、シアンのことだって…。 過去の罪を償うためにも、何より優先させなければいけない人だと思ってる。 どちらも同じくらい大切だ。 どちらが大事かなんて、答えられるはずがない。 だけどこういう問いの時って、その答えで納得してもらえるのか? 考えがまとまらなくて俯いたまま沈黙を貫いていると、頭上からチッという舌打ちが聞こえてきた。 え、まさか本気で怒ってる…? なんで? そんなことを考えて冷や汗を流していると、鳩尾に衝撃が来て、気がつけば視界には床が広がっていた。 わけがわからずにいると、とてつもない嘔吐感が襲ってきてその場で吐きそうになった。 幸い「うえっ」という声が出ただけで吐瀉物は出てこなかった。 …まさか、蹴られた? 腹を押さえて蹲っていると、物凄い力で髪を引っ張られた。 「…っ…!痛い!!」 もう何本か髪が抜けてる気がする…。 痛みに涙を滲ませながらシアンを見ると、こちらを見ることもなくずるずると俺を引きずっていった。 俺の髪を引っ張るシアンの手を掴んで引き剥がそうとするけれど、びくともしない。 「やめろ……!…いった、い……シアン!!」 痛みに耐えてなんとか制止の声を上げるが、シアンはまるで俺の声が聞こえていないかのようで、全く動きを止める気配がない。 やっと髪を掴む手を離したかと思えば、今度は俺の服の襟を掴んで持ち上げた。 ぼすんっとふかふかのベッドに叩きつけられる。 シアンは俺が来るまで飲んでいたお茶が置いてある机まで戻っていった。 それを横目で見ながら、さっき鳩尾を蹴られたときの吐き気がまだ残っていて、ゴホゴホと咳き込んでいると体に重いものがのしかかってきた。 「え…」 顔に影がかかる 眉1つ動かさない無表情のまま、シアンが顔を近づけてきた。 「むぐっ……んっ…!!」 シアンの柔らかい唇が、俺の唇に重なった。 びっくりして僅かに口を開いた瞬間、舌が入り込んできた。 息、できない…!! シアンの胸をどんどんと押すが、いっこうに離れていかない。 「…う…、くるし……」 なんとかそう言うと、シアンが鼻でふっと笑った。 生暖かい液体と一緒に、飲み込めるくらいの塊が口の中に流れ込んできた。 これは絶対飲まないほうがいい! そう思ったが、反射的に飲み込んでしまった。 俺がゴクリと嚥下するのを見て、ようやくシアンの唇が離れていった。 「な…、何飲ませた…!?」 ぜえぜえと上がる息を整えて、涎でべたべたになっている唇をごしごしと袖で拭う。 …男とキスした…。 そのうえ、口移しまで…! その事実を受け入れられない。 そんな俺の思いなどつゆ知らず、シアンはにっこりと笑った。 機嫌直ったのか…? さっきまでの怖いくらいの無表情が嘘みたいだ。 「気持ちよくなれる薬。初めては痛い思いしてほしくないから」 痛い思いはもうしてるよ…。 そう口にしたくなるが、その前に聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。 初めてってなんだ…? 「は、初めて…?」 「うん。これから兄さんは、俺に犯されるんだよ」 その言葉にどっと冷や汗が流れる。 こいつ…、何考えてるんだ!? 昔の復讐をするつもりなら、もっと他に方法があるだろ!? 他の罰なら何でも受ける。 でも、それは絶対に嫌だ! 「やめろ、離せ…!」 足をばたつかせて、シアンの鳩尾を蹴った。 思ったよりも威力が強くなってしまって、しまったと思った。 顔が見たいけど、シアンは俯いて自分の腹を見つめていて見えない。 「シ、シア…」 不安が最高頂に達して震える唇を開いた瞬間、頬に強い衝撃を感じた。 ────────殴られた。 一瞬で理解できるくらい、殴られた頬はあまりにも痛かった。 腫れてるんじゃないかと思うくらい。 いや、これは絶対腫れてる。断言できる。 だけど、その痛みに目眩がして焦点も定まらなくて、手が動かず頬を触って確認できない。 話し始めた時に殴られたせいで、口の中も切れた。 あまりの痛みに少しも体を動かせないでいると、物凄い力で口を塞ぐように掴まれて、横を向いていた顔をシアンの方に向けさせられた。 頬に爪がめりめりと食い込んで、痛みに眉を歪ませる。 怖くて目を開けられない。 「こっち見て」 無理だ。 絶対今、シアンはあの一切感情のない顔をしているのだろう。 あんな顔を至近距離で見るのは怖すぎる。 シアンの言葉を無視して固く目を閉ざしたままでいると、顔を掴む力が強くなって、頬にものすごい痛みが走った。 多分、シアンの爪が食い込んで切れた。 頬に生暖かい液体が伝う感覚がして、気持ち悪い。 声を上げることもできずに、目を固く閉じて歯を食いしばる。 「おい」 地を這うような声に、びくっと肩が震えた。 痛みと、これ以上何をされるか分からない恐怖からゆっくりと目を開けた。 「…ねぇ。拒んだらどうなるかくらい分かるよね?」 シアンの赤い瞳が、仄暗く光っている。 あまりの恐怖に、反射的にこくこくと頷いてしまう。 そんな俺の様子を見て、シアンはあの貼り付けたような笑みでにっこりと笑った。 「よかった。そこまで頭は弱くなかったみたいで」 なんだか言葉に棘を感じる。 シアンは、こんな性格だったろうか。 と言っても、性格を細かく知れるほど言葉を交わしたこともないのだが。 なにしろシアンは本当に無口で、俺達がどんなことをしても何も言わず、光のない赤い瞳で見つめてくるだけだった。 シアンの顔が近づいてきた。 顔を背けそうになるのをなんとか堪えて目を閉じると、舌が入り込んできてまた口内を蹂躙される。 「…、ふっ…う……んぅ…」 息できない…。どうやって息すればいいんだ…。 意識が朦朧としてきた。 瞼が落ちかけた時、口の中にぴりっと痛みが走った。 殴られて口の中を切ったときの傷を、執拗に舐められて、痛みから涙がこぼれそうになる。 どんどん口の中に血の味が広がって、痛みも増していく。 いい加減耐えられず、シアンの胸を押そうと目を開いた。 だが、目に飛び込んできたものにびっくりして体が震えて、腕に力が入らなくなってしまった。 赤い目が、少しも瞬きすることなく俺を見ていたのだ。 まるで、俺の動きを一瞬でも見逃したくないとでも言うように。 ──────昔よりもずっと、シアンが怖い。 全身の毛穴から冷や汗が噴き出るような感覚がした。 「ふっ…んぅ…っ……」 いい加減、口の中の傷の痛みと息苦しさがそろそろ限界を迎えて、どんどんと、精一杯の力を込めてシアンの胸を叩く。 するとようやく唇が離れていった。 「ごほっ…、げほっ…ごほっ……!」 「ははっ、さっきも思ったけど、兄さんキス下手だね」 咳き込んでいると、いきなりそんなことを言われて顔が熱くなる。 「…っ…し、したことないんだよ…」 「知ってるよ。そんな奴いたら、兄さんもそいつも殺してるし」 「え…」 冗談と思えない声のトーンと、その物騒な言葉に似つかわしくない笑顔に呆然としていると、ズボンに手をかけられた。 反射的に手が動くが、止める暇もなくズボンとパンツをずり下ろされて、俺の萎えた陰茎があらわになる。 「ちょっ…!」 そのまま緩く握られて、ゆっくり上下に動かされる。 「ふっ…う…」 ゆるゆるとした動きが、段々速くなっていく。 「シアン、んっ…う…、やめ……」 シアンに縋り付いて懇願しても、微笑むだけで少しも手を止めてくれない。 さっきみたいに俺を凝視していて、居た堪れなさからぎゅっと目を瞑った。 本当は今すぐシアンを押しどけて部屋から出ていきたいけど、師匠を人質に取られてるようなもんだ。そんな事出来ない。 でも、大丈夫…、イかなければ、これ以上の痴態をさらすこともない…。 我慢…我慢…。 心のなかでそう唱えるけど、なんだかさっきから体が熱い…。 絶対さっき飲まされた薬のせいだ…。 あれのせいで、少しの刺激でもあり得ないくらい感じてしまう。 さっきからイキそうなのをずっと我慢している。 そろそろ限界だ…。 でもシアンにイかされるなんて絶対嫌だ…。 「も…、むりっ…、はなせ…っ…」 震える声でそう言うと、咎めるように鈴口をぐりぐりといじられる。 爪で穴を押し開けるように触られて、体がビクビクと震える。 歯を食いしばって快感に耐えていると、頬にシアンの柔らかい髪があたる感触がした。 「兄さん、我慢しないで。俺の言う事聞けるよね?」 耳元でそう囁かれて気を抜いた瞬間、今まで抑え込んでいた快感がどっと押し寄せてきた。 それと同時に陰茎を扱くスピードも速くなって、目の前のシアンの胸に縋り付いた。 頭上からくすっと笑い声が聞こえた気がする。 シアンに触られている場所に、どんどん熱が溜まっていく。 「むり…っ、やめ…とまっ…!うぁ、あ、うっ……っ────────!!」 とうとう、シアンの手の中に熱い飛沫をぶち撒けてしまった。 「はあ…はあっ……」 イーシュ派宗主に…、元弟弟子の手の中に射精してしまった…。 シアンの顔が見られなくて、半ば放心状態で目を閉じていると、弾むように楽しそうな声が聞こえてきた。 「兄さん、いっぱい出たね」 うっすらと目を開けると、見せつけるように手についた白濁を舐め取られて、羞恥心から顔がさらに熱くなる。 「な、なにして…」 シアンはしばらく自分の手を舐め続けて、やがて満足したのか舌を離した。 「美味しかった〜」 唇をぺろりと舐めながらそう言われて、ゾッとした。 美味しい訳ないだろ…。 心の中でツッコんでいると、両膝を持たれて脚を開かされた。 『これから兄さんは、俺に犯されるんだよ』 そう言われた時に、シアンにこれから何をされるのか大体分かってしまった。 だけど、全然心の準備なんて全くできていなかった。 伸びてくるシアンの手を見て、動悸が速くなる。 俺の顔色がよっぽど悪かったのか、優しく頭を撫でられた。 …これじゃ、どちらが年上か分からない。 「大丈夫。痛くしないよ。兄さんがいい子ならね」 にこっと笑って諭すように言われたが、さっき殴られたり蹴られたりしたことを思い出せば、全く信用できない言葉だ。 いつ、また暴力を振るわれるか分からない。 まるで得体の知れない悪魔と対峙しているみたいだ。

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