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Ⅰ 第3話
「カイル兄さん!おかえりなさい!」
ヴォルガー派の屋敷に帰ると、10人くらいの弟子たちがわらわらと群がってきた。
「ただいま。みんな、ちゃんと鍛錬してたか?」
「うん!頑張ったよ!」
「でも兄さんと姉さん達、お出かけしちゃったんだ~…。」
「みんなでお留守番してたの!」
みんなの頭を撫でていると、少し驚くことを言われた。
…弟子たちはほとんど外出することはないのに。
どこへ行ったのだろう?
それもこの子達以外みんなで。
いくらヴォルガー派の弟子が少ないとは言っても、結構な大人数にはなるはず…。
今門弟は60人くらいいるから、だいたい50人くらいが一斉に行動していることになる。
「どこ行ったんだ?」
「わかんない」
首を振って即答された。
こんな事初めてだし心配だな…。
何処に行ったんだろう?
師匠に言ってみたほうがいいかな。
でも師匠は帰ってきてすぐ、疲れたから仮眠を取ると言って部屋に戻ってしまった。
師匠の睡眠の邪魔をしたくない。
どうしよう…。
「師匠には言いにいかなくていい」
考え込んでいると、落ち着いた心地よい声が聞こえてきた。
「レイス…」
レイス・ライド。
彼も、俺と同じ孤児だった。
死にかけていたところを師匠に拾われたらしい。
名前は、持ち物に書いてあったとか。
だが俺と同じなのは孤児だったことだけで、レイスはとんでもない才能の持ち主な上に眉目秀麗だ。
輝く金色の髪と同じ色の瞳を持っていて、クールで大人っぽい性格なのもあり女の子にすごくモテている。
俺とは大違いだ。
レイスは俺の4つ歳下で、シアンが入門した時既にヴォルガー派に在籍していたので、当然のことながら俺の罪も知っている。
けれど、それを他の弟子たちに言いふらしたりはしない。
そのおかげで、こうして弟子たちと仲良くできているのだ。
だから、レイスには本当に感謝している。
それはそうと、今は目下の問題だ。
どうしてレイスは、こんなに確信を持って師匠に伝えなくていいと言うのだろう?
何か知ってるのか?
だが、レイスの口を割らせるのは難しいな。
「心配だな…。何しに行ったか知らないか?」
「知らない。けど、どうせすぐ戻って来る」
「そうか?……まあ、レイスがそう言うなら…」
レイスはしっかり者だ。
門弟たちのことも俺よりよく分かっている。
何か考えがあるのかもしれない。
レイスが考えていることなら、大丈夫だろう。
「カイル兄さん、一緒にあそぼー!」
背中にずっしりと重みが加わって、前のめりになる。
飛び乗ってきた子───、ミーナの足の下に手を回しておんぶをして、他の子供たちのいるほうに振り返った。
「わかった。夕飯までだいぶ時間もあるし、レイスも一緒にやろう。何する?」
「え!レイス兄さんも遊んでくれるの!?」
俺とよく似た茶髪の男の子───、ユーリがきらきらと目を輝かせながら、とてとてとレイスに駆け寄って袖を掴む。
レイスはその子を持ち上げて抱きかかえながら、渋々といった様子で頷いた。
「…まあ、いいよ。鍛錬も終わったし」
「やったー!」
他の子達もぴょんぴょんとと飛び跳ねながら嬉しそうにしている。
レイスは活動的な性格ではないから、あまり小さい子たちと遊んでるのを見たことがない。
ダメ元で言ったのだが、了承してくれてちょっとびっくりした。
「鬼ごっこしよ!」
「お、いいな!誰が鬼する?」
「カイル兄さんとレイス兄さん!」
レイスが「げっ」というような顔をして、俺に視線を送った。
俺は苦笑しながら、ミーナを降ろした。
「手加減して走るのめんどくさい」
「いいだろ、レイス。それも鍛錬だぞ?」
レイスはやれやれというように首を振って、ユーリを地面に降ろしてから数を数え始めた。
❀
結局、鬼ごっこをしている途中で出掛けていた弟子たちは帰ってきた。
何しに行ってたんだと聞くと、町で開かれていた祭りに行っていたのだと言われた。
こんな大人数で行ったのかと少し疑問に思ったけど、嘘ついても仕方ないかと、今度から行き先を伝えてから出かけるようにと注意して今回の件は幕を閉じた。
師匠は、今日は帰ってきてからずっと眠ったままだった。
❀
それから1週間、何事もなく平穏な日々が続いた。
今日も朝ごはんを作り終わり、みんなを起こしに行こうとしたのだが。
玄関からコンコンとノックする音が聞こえてきて、こんな朝早くから来客か?と不思議に思いながら扉を開けると、この間シアンの後ろにいた従者のような女性が立っていた。
あの時も思ったけど、すごく顔立ちの整った人だ。
だけど雰囲気は冷たくて、人を寄せ付けない感じがする。
「あなた、カイルよね?宗主様がお呼びよ。夕暮れ時、イーシュ邸に来なさい」
当日の呼び出しに驚きながらも、今日は何も予定がないので、丁度良かったと思い「わかりました」と言って会釈して扉を閉めた。
扉を閉める瞬間、また睨まれたような気がした。
❀
師匠の部屋の掃除をしに来たら、師匠は最近体調が悪いらしく早めに鍛錬を切り上げてソファで眠っていた。
起こさないようにそろりと歩いたが、さすが修為の高い師匠は俺なんかの気配では起きてしまうらしく、パチリと目を開けた。
「あ、申し訳ありません師匠。起こしてしまって」
師匠は首を振って「気にするでない」と言いながら、上半身を起こした。
「掃除に来てくれたのか。そこの本棚が埃っぽくてのぅ。掃いてくれるかの」
「はい」と頷いて、師匠の指さした本棚に向き直り、手に持っていたはたきでもくもくと埃を落としていく。
「今日は、シアンに呼ばれたのじゃろぅ。気を付けての」
師匠の声に「はい」と言って首を縦に振った。
シアンとの交換条件は口止めされなかったので、念の為師匠にも話しておいた。
話した時、師匠は一瞬目をまん丸にして、その後「そうか」と言ってぽんと頭を撫でてくれた。
師匠なりにきっと、俺達の昔のことを気にかけてくれているのだろう。
心配かけないようにしないと。
「夕飯は作れそうにないので、レイスたち年長組に任せてあります」
「おお、そうか。ちと、カイルには負けるが、あの子達も料理上手じゃ。楽しみじゃの」
「あはは、恐縮です」
ほほっと笑う師匠に続けて、俺まで笑みがこぼれた。
師匠に褒めてもらえるのは凄く嬉しい。
声を弾ませる。
「明日は師匠の大好物を作るつもりなんです。楽しみにしててくださいね。あ、でもそんなに多くしないほうがいいでしょうか?」
………?しばらくしても返事が返ってこない。
どうしたのかと振り返ると、師匠が固く目を閉じて、床に倒れていた。
頭がさあっと冷えていく。
気がつけば走り出していて、意識のない師匠の肩を揺すっていた。
「師匠!しっかりしてください!!師匠!!!」
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