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第1話
「この人なんだけど」
正面に座る有希は頬を赤らめてスマホの画
面を真夏に向けた。
画面には有希と有希より年上っぽい男が映っている。有希は
満面の笑みだが、男はどこか不機嫌そうに目を
細めていた。
髪もぼさぼさの無精ひげで清潔感
は皆無。第一印象が最悪で真夏は眉間に皺をつくる。けれど大好きな義姉の初彼氏なのだから卑下したい気持ちをぐっと堪える。
「かっこいいじゃん」
「でしょ。見た目も好きだけど、やさしくて頼
りがいがあるの」
口は悪いんだけどね、と付け加える有希の顔
は笑顔だ。
ボロクソに言わなくてよかったと胸を撫で下ろす。有希が幸せそうなら嬉しい。
なにより一人で上京し毎日仕事で疲れ切っ
ている有希に少しでも癒しの時間を提供してくれるなら、こんな見てくれの男でも我慢してやろう。
タイミングよく料理が運ばれてきて、会話を止
めた。
鉄板に焼かれているステーキは真夏がメニュー
表をじっと見ていたから有希が注文してくれた。
有希は一番安いグラタンなのに申し訳ない。
慣れないナイフとファークで丁寧に切り、有希
のグラタン皿に乗せた。
「有希ちゃんにもあげる」
「ありがとう。真夏はやさしいね」
細い目をさらに細くさせて笑う有希の笑顔
が好きだった。やさしいのは有希ちゃんだよ、と
十七歳の自分だとカッコつけてるみたいで恥ず
かしい。
有希は食事のあと薬を飲んだ。
「どこか具合い悪いの?前より疲れた顔してる」
「これは元気になるラムネだよ」
「嘘だ」
じゃあちょうだいと手を差し出すと十八歳未
満はダメです、と笑った。
「掛け持ちの仕事も慣れてきたし、お金いっぱ
い貯めるから真夏が施設を出たら一緒に住も
うね」
「別にいいよ、そんな頑張らなくて」
一緒に住まなくてもこうして時々ご飯を食べ
行
に
ったり、電話をするだけでも充分だ。
血の繋
がらない弟のせいでこれ以上有希に迷惑をかけ
たくない。
「だって家族なんだから一緒にいないと」
それが有希の口癖だった。まるで両親への恨
みを混ぜたような言葉に真夏は頷くことができ
ない。
「もしさ」と切り出されたので真夏が顔を上
げると有希はいままで見たこともない真剣な表
情をしていた。
「私になにかあったらめぇちゃんのことをよろし
くね」
「なに言ってるんだよ。縁起でもない」
「真面目な話をしてるの」
茶化そうとする真夏を制するように有希の
目は鋭さを増す。
「私を忘れるように言ってね。絶対だよ」
「やっぱり有希ちゃん具合いが悪いの?」
さっき飲んでいたのは市販薬だ。施設にも置
いてあったのを見たことがある。
だが有希は真夏の質問には答えなかった。
「約束してくれる?」
あまりの迫力に真夏は頷くしかない。真夏が
承諾すると有希は笑顔に戻り「デザートも食
べよう」とメニュー表を広げた。
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