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第10話
誕生日の日の朝からコンビニ前のクリーニング屋の看板に隠れて八木が降りてくるのを見張っている。
もちろん他の従業員や源に姿を見られないよう帽子とサングラスで変装もばっちりだ。
バイト二つと大学も休んだのは上京してから初めてで金の心配はあるが、それよりも大事な行事である。行かない選択肢はない。
どんよりとした鼠色の雲が覆っていて、いまにでも雨が降り出しそうな空模様だ。
十時を過ぎた頃、ようやく八木がアパートから降りてきて駅へと向かう。
八木は電車に乗り、降りた先は人気がなく駅前になにもない寂れた街だった。
八木は迷うことなく坂道を登り、脇道に逸れたところの梨畑を抜けていくと寺が見える。
墓がたくさん並んでいるなかを素通りし、八木は一番奥まった墓石の前で止まった。
墓石がマンホールのような形で仏様を囲っている。墓石には故人の名前が彫られていた。線香の匂いが離れた場所にいるのにここまで届いてくる。
八木は一つの墓石に水をかけ、線香を灯して手を合わせた。まるで牧師に懺悔するように長い長い時間をかけて祈っている。
しばらく様子を伺っていると八木が身体の向きを変えて、ぎろりとこちらを睨んできた。
「おまえの執着心には毎度驚かされるよ」
「……気づいてたんですか」
「駅降りたときにな。ここ降りる人そんなにいないし」
「あちゃ~失敗失敗」
「で?人のプライベート詮索して楽しかった?」
八木の黒い瞳は冷たく、怒っているのに泣いているようにも見えた。
「誕生日に彼女さんの墓参りですか」
「命日なんだよ」
「じゃあ僕もやっておこうかな」
八木の隣に座り、手を合わせた。
「久しぶり、有希ちゃん」
八木は、やっぱりなと漏らす。
「おまえ、有希の弟か」
「はい。やっぱりってことはわかってましたか?」
「名前見てなんとなく」
曇天の空に届きそうなほど背伸びをするとぎしぎしと骨が悲鳴をあげた。それが有希の声に聞こえる。「もういいよ、大丈夫」と言われているかもしれない。でももう止められなかった。
「なんで有希ちゃんを見殺しにしたんだよ」
有希は高校卒業後、いわゆるブラック企業に勤めてしまった。
パワハラ、セクハラが毎日横行し、上司から身体を触られるのなんて挨拶みたいなものだったらしい。夜のお誘いは頑なに断ると社員みんなの前で叱責を受けて晒し者にされ、精神的に追い込まれた。
それでも有希はいつも笑顔だった。
「いつか一緒に住もうね」とそればかり話していた。
そして真夏が十八歳になる年、施設を出てからの暮らしをどうするか職員と有希を交えて相談していたとき、一緒に住もうと提案された。
でもそれを頑なに拒んだ。
一人でも生きていくのがやっとなのに有希の負担になりたくない。
赤の他人の自分にここまでしてもらわなくていいと突っぱねた。
でもその拒絶が余計に有希を追い詰めしまった。
有希はお金を貯めようと死にものぐるいで働き、体調が悪くても病院には行かず眠れる時間を削って夜はコンビニのアルバイトまで始めた。
そして有希の誕生日の今日、脳梗塞であっけなく死んだ。
八木は両目を手で覆う。泣いているのかと思ったが頬は濡れていない。
「何度も仕事を辞めるように言った。でもあいつは頑なに辞めなかった… … 弟と一緒に住むんだってそればかり」
「だから店長は僕を恨んでるでしょ」
有希を死に追いやるほど働いた原因は自分にある。家族と一緒に暮らすのが有希の夢で叶えるためにはお金が必要だった。
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