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第13話

 居酒屋のバイトを終え、疲れた身体を引き摺ってボロアパートに帰ってきた。  ここは元々有希が借りていた部屋で、真夏が上京するタイミングで運良く空き、住むことができた。   前の住人がいてもどことなく有希の残滓があるように感じられて落ち着く。  手を洗ってから仏壇とも言えない粗末な写真立てと有希が作った手毬の前で手を合わせた。  写真にはスーツ姿の有希と高校の制服を着た自分が映っている。これが有希と撮った最後の写真だ。  真夏の顔は思春期特有の迷惑そうな表情をしている。どうして笑顔で撮ってあげなかったのだろうと後悔がさざ波のように襲う。  窓を開けるとどこかの部屋から煙草の匂いが流れてきた。集合住宅だから仕方がないとはいえ、こう毎日だと辟易する。  (でも八木さんの煙草は不思議と嫌じゃなかった)  八木の場合はもう吸うことが当たり前過ぎて馴染んでしまっているのだろう。  八木はいつから煙草を吸っているのだろうか。  一度やったら辞められないと言われている毒薬を身体に取り込んで、依存して、もう離れる生活が考えられないのだろうか。  八木に恋をする前の自分が思い出せないのと一緒だ。いつ、どこで、なにをしていても八木の顔が浮かび、触れた唇の苦さを思い出す。  もしかして煙草の毒薬が真夏の身体に入ってしまったせいだろうか。  ぱんと頬を叩いて気持ちを引き締めた。  突っぱねられた想いは行く宛もなく彷徨っているが、だからと言って八木に迷惑をかけたいわけではない。忘れられるように努力しよう。 (有希ちゃん、ごめんね。僕じゃ八木さんを救うことができなかったよ)  有希の存在の大きさを知るだけだった恋はいつか忘れられるだろうか。  手始めに大学の課題に取りかかると締め切りが近いレポートもあることも思い出し、なんだ平気じゃんと少し悲しくなった。  失恋しても時間は無情にも過ぎていく。だったら立ち止まっているのは無駄だ。  元々動き回っている方が好きだったじゃないか、と自分を叱咤すると驚くほど頭が冴えてくる。  伊賀良に残り物で作ってもらった炒飯をかき込みながら机に向かった。

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