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第15話

 火事の原因は隣室の寝タバコだと消防と警察から説明を受けた。落ちた灰が布団から畳へ燃え広がり、強風の手助けもあってアパートは全焼だった。  灰になったアパートの前で呆然と立ち尽くした。貴重品はある。パソコンも持って来れたが、テキストや洋服は燃えてしまった。  でもそんなものより有希が住んでいた部屋がなくなってしまったことがショックだった。  有希の残滓がある部屋で過ごしたかったのにそれすらも許してもらえないのか。  「伊澄」  名前を呼ばれて顔をあげると灰まみれの八木が立っていた。コンビニの制服が煤と泥だらけだ。  「なんであんた来たんだよ」  「源さんが近くで火事が起きてるって教えてくれたんだよ。おまえの家の方角だったからもしかして と思ってさ」  履歴書で住所を把握していたからだろう。それとも有希の部屋だったからか。もうどっちでもいい。  泣きたくないのに涙が溢れてきた。  「有希ちゃんの部屋、なくなっちゃった」  「……生きててよかったじゃん」  「こんなの死んだも同然だ」  心の支えをなくしてしまった。有希のために大学へ通い、そのためにアルバイトも頑張った。  でもなにもかもなくなってしまった。  走り続けていた人生が勝手にゴールテープを切られてしまい、この先どう進めばいいのかわからない。  「荷物は?」  「通帳とかはある。パソコンも」  「おまえ、結構しっかりしてんだな」  目尻を下げて笑う八木が有希と重なってしまい、顔を見られなかった。  「とりあえず俺んち来いよ。家ないだろ」  「いま燃えたばかりだからね」  「あ~悪い。そういう意味じゃなくて……行くとこないだろ?」  伊賀良の顔が浮かんだが、自立したばかりなのに迷惑をかけたくなかった。すぐ部屋を借りるにも時間がかかる。  「……いいの?僕、あんたのこと好きなんだよ」  「このままおまえを野放しにしたら後味悪いだろ。行こう」  八木に手を引かれて歩いた。  どうして手なんて繋いでくれるのだろう。  単なる気まぐれかもしない。  家が燃えて同情してくれているだけかもしれない。  それでもまた八木のやさしさに触れたことが家を失った悲しみを上書きしてくれる。  コンビニ前を通ると八木の代わりになぜか常連客たちが菊池が出勤するまで店を回してくれていたらしい。  顔は煤だらけ、Tシャツにハーフパンツで裸足の姿を見て、みんなから差し入れだと下着や食べ物を買ってくれ、源は履いていたサンダルを譲ってくれた。  「いまは辛いかもしれないけど、真夏ちゃんの顔が見られてよかった」  「……みなさん、ありがとうございます」  お辞儀をして、貰った品を受け取った。人のやさしさを染み込んでいるせいかずっしりとした重みがある。  「じゃあ俺んち案内するわ。菊さん、もうちょっとだけ一人で回せる?」  「任せなさい!店長より長く働いてるんだから余裕よ」  「僕、働きますよ」  「なにを言ってるの!」  菊池は初めて怒った顔をした。 「こんなときに働くんじゃないの。今日は大学も休んでゆっくりしなさい。休むことも必要なんだから」  そして目尻に皺を刻ませる菊池に施設で世話になった職員たちの顔が重なる。本当の家族のように大切に思ってくれている人が見知らぬ土地にもいるのだと心強く思えた。  「ありがとうございます。そうします」  「おやすみなさい。またね」  「じゃあ行こうか」  八木の後ろについていき店の横の階段をのぼった。一階はコンビニで二階から四階まで居住地におり、八木の部屋は三階の一番奥だった。  「汚いけど、まぁ適当にくつろいでよ」  電気をぱちっと点けていくと部屋はきちんと整理整頓されていて、あまりらしくない様相にキョロキョロと見回した。  「なにその思ったよりキレイだなって顔」  「もっとだらしがない人なのかと」  「あんまり汚いと病んでいくからまめに掃除してんの。部屋にあるもん勝手に使っていいから。とりあえず風呂入りな」  スウェットの上下を渡されて洗面所に押し込まれた。確かに身体じゅうから炭の匂いからするし、頭に砂利があるような気がする。  ありがたくシャワーを浴びて、入念に身体を洗った。  リビングに戻るとテーブルの上にさっきもらったおにぎりとサンドイッチ、サラダがあり、その横に走り書きのメモが置いてある。  『食ったら寝ろ』  風呂に入っている間にメモを残してくれたのだろう。なんだかんだ言っても根はやさしい。  行儀が悪いと思いつつも梅おにぎりを食べて床に寝転ぶと固いフローリングはひんやりと気持ちよく、火照った身体を冷やしてくれる。  天井の四隅を見上げながら有希もこの部屋に来たのだろうかと想像した。  いまのところ有希の影らしいものは感じないけれどクローゼットには有希の服や化粧品などが詰め込まれているような気がする。  二年間、一日たりとも有希を忘れなかった男だ。髪の毛一本すら取っておいてあるかもしれない。  なぜだか嫉妬はせず、少しでも有希のものがあったらいいなと願う。  そんなことを考えていると眠気がやってきて目を瞑った。

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