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最終話

 思いの外、工事が早く進み、燃えたアパート はファミリー向けの新築アパートに変わった。そ の分家賃も高いが、広さや収納場所も増えて いる。  そのことを八木に伝えると「二人なら大丈夫 だろ」と肩を叩いてくれた。  家具や家電は八木の家から持ち出し、寝具 や食器を買い足しただけでお金も予定よりか からずに済んだ。  そうして二人の生活がゆったりと始まった。  「やっぱ店長の押され負けか」  「負けって言い方はよくないわ。勝ちよ、勝 ち!」  「確かにそうだな」  八木と付き合うことになり同棲まですること を菊池とはじめとした従業員と源が喜んでく れた。どうやら裏で付き合うかどうかの賭けに 興じていた人もいたらしく、「なんで付き合っち ゃうんですか」と八木に当たる人もいた。  八木とシフトが被るとにやにやと視線を向け られるし、同じ休みを取った次の日は「どこに 行ったの?」と聞かれる始末。  正直落ち着きのない毎日だが、それすらもた のしいと思える。  「店長に飽きたら俺にしなよ。いい男よ」  源に肩を組まれ、苦笑いを浮かべた。 悪気がないとわかっているだけに反応に困る。  「うちの子に触らないの」  八木が源の腕を引き剥がし、みんながいると いうのに後ろから抱き締められた。  「嫉妬深い男は嫌われるぞ!」  「うっせ。真夏、そろそろあがりだろ?」  「あ、本当だ。じゃあお先失礼します!」  逃げるように事務所へ駆け込んだ。顔が熱い。  監視カメラの映像を見るとまだ八木たちは話 している。  「おまえも丸くなったな」と声が響き、恥ずか しくなった。  みんなから認めてもらえて、八木も正面から 愛をくれる。前まであんなに堂々と告白してい たが嘘のように押されっぱなしだ。  更衣室の鏡を見ると自分の顔がこれ以上な いくらい真っ赤になっている。こんな顔では大学 に行けないから早くおさまって欲しい。  みんなに気づかれないように外に出た。  橙色に染まった空に白い雲が伸びている。明 日も晴れるな、とぼんやり眺めながら歩いてい ると走ってくる足音が聞こえた。  「おまえ、歩くの速いって」  「どうしたの?」  ほんの数メートル走っただけなのに八木は肩で 息をしている。  「気をつけて行って来い」  「行ってきます」  顔を近づけられ唇が触れた。一瞬の出来事 だったので理解するのに数秒かかり、おさまった はずの熱が再び過熱する。  「莫迦。こんな人がいるとこで」  「減るもんじゃないからいいだろ」  悪びれる様子もない八木に頭を抱えながら もここで押し問答していても仕方がない。  「早く帰って来いよ」  「はいはい」  「今夜は肉じゃがと焼き魚」  「楽しみにしてる」  駅へ向かって走り出す。振り向かなくてもわか る。八木は真夏の姿が見えなくなるまで見送 ってくれているのだろう。  背中に視線を感じながら走るスピ ードをあげた。

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