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クランクイン(11)
「月城プロダクションの専務をしております月城朋也 です。三間 さんとは、初めましてですね」
専務は三間に対しても、芸能人顔負けの整った笑顔を向ける。
佑美 さんと話していたときと違ってどことなく薄ら寒く思えてしまうのは、それを受ける三間の不穏なオーラの所為だろうか。
「三間さんには、柿谷が特にお世話になっているようで、ありがとうございます」
続く専務の言葉に、僕は危うくうどんを喉に詰まらせそうになった。うぐっ、と変な声を洩らしてしまったが、どうにか咳き込まずにすんだ。
『おさんどん』のことを専務が知るはずはないし、「特にお世話になっている」という言葉に深い意味はないはずだ。と、瞬時に考えを巡らせる。
かといって、三間と個人的な付き合いがあることを専務に話していると誤解されるのも嫌だった。
「三間さんとは一番絡みが多いので、たまに台本 読みに付き合ってもらっているんです」
専務の言葉を補足する形で、慌てて口を挟む。
「助けてもらっているのはこっちのほうですよ」
三間がメディアに向けるような『よそ行き』の声と笑みを返す。いったい何を言い出すのだろうと軽く身構えたが。
「柿谷君は共演者の台詞まで全部覚えているので、彼が場を仕切ることも多々あります」
思わぬ方向に持ち上げられてしまって、恐縮する羽目になった。
「夏希君は専務がスカウトなさったそうですね。その頃から何か光るものがあったんでしょう?」
佑美さんまでもが話に加わってきたので、「いや、もう、僕の話はそのへんで……」と止めに入る。
と、そのとき――。
「佑美。これ一切れちょうだい」
三間が箸を伸ばし、佑美さんのカツ丼の端を拾い上げた。返事を待たずに、そのままパクっと自身の口に入れる。
呆気に取られたのを通り越し、場が凍り付いたように感じたのは、僕の心がそうだったからか――。
「あ、ちょっと、晴! なに勝手に食べてんの!」
じゃれ合う恋人同士のような佑美さんの声で我に返り、咄嗟に苦笑いを口元に張り付けた。月城専務も、似たような顔をしている。
三間は普段、人前では佑美さんのことを、みんなと同じように「さん」付けで呼んでいる。他人のいるところで彼女を呼び捨てにするのも初めて聞いたし、演技以外で親密さを見せつけるのも初めてだった。
おそらくは月城専務がいたからだ。
『わざわざ楽屋に呼びつけてマーキングなんて、三間君、クールに見えて意外と独占欲強いのねー』
いつか聞いたメイクのヒロさんの言葉が脳裏をよぎり、胸のあたりが苦しくなる。
「いまダイエット中で肉断ちしてるけど、一切れくらいならいいかと思って」
「あら。ダイエット中の割には肌艶いいじゃない」
「夜は体によさそうなもんばっか食ってるからな」
二人のプライベートが垣間見える親しげな会話が、右の耳から左の耳へとすり抜けていく。
「なんなら、僕のから揚げもあげましょうか?」
専務が本気とも冗談ともつかぬ申し出をしたことで、二人の世界は打ち切りになった。
「あ、いや。すみません。そこまでは……。お気持ちだけ頂きます」
「晴さん、意外と子供っぽいところあるんですねー」
稲垣も会話に加わり、和気藹々とした雰囲気に戻ったように思う。
僕も作り笑いを浮かべ、普段は残すうどんのスープを全部啜って、どうにか間を持たせた。
クランクインが二週間後に迫っている。
余計なことに使っていい頭も時間もないはずだ。
何度も、自分にそう言い聞かせた。
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