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重なる思い(6)
……よく考えたら、三間さんと二人だけで旅行って……結構マズいのでは……。
冷静さを取り戻し、じわじわと後悔が襲ってきたのは、家に帰り着いてからのことだった。
発情期 は一か月以上先の予定で、これまで一日や二日ずれることはあっても、それ以上大きくずれることはなかった。ただ、一度目の人生では、何故か三週間近く発情期 がずれて、そのせいで三間と関係を持つことになった。
今はベータに擬態するために強い抑制剤をもらっているから、発情期 の間も香水で匂いを誤魔化せるくらいにはフェロモンを抑制できている。ただ、その分、副作用も強く、薬を飲んでいる間は頭がぼーっとして著しく集中力が低下するし、吐き気が続きまともに食べられなくなる。
万が一、旅行中に予定外の発情期 が来たら、オメガであることがバレなかったとしても、迷惑をかけることは必至だ。最悪の場合、飛行機の中で発情する可能性だってある。
理性は、やめておいたほうがいい、と待ったをかける。でも、後悔と比例するように、三間との旅行を楽しみに思う気持ちも、時間が経つにつれじわじわと膨れ上がっていく。
それから三日間は淡々と撮影をこなしながらも、旅行に行くべきか断るべきかで頭を悩ませていた。
だからネットで調べて、航空券もホテルもキャンセル料が50%以上かかると知ったときは、断れない理由が見つかって、正直ホッとした。
土曜日の早朝。アパートの前でボストンバッグを肩に下げ待っていると、見慣れた黒塗りのセダンが現れた。都営の団地には恐ろしく不釣り合いな、世界的に有名な高級車だ。
ほとんど音を立てずに運転席の窓が下りてきて、挨拶をするより先に声をかけられる。
「荷物は後部座席に置いてくれ」
……「荷物は」ってことは、僕は助手席に乗れってことだよな。
後部座席のドアを開け、下げていたバッグを座席に置くと、「おはようございます」と挨拶をしながら助手席に乗り込んだ。
シートベルトを締めようとして、運転席の男が目に入り、ふと手を止める。
三間は、ネクタイこそつけていなかったが、何故かスーツを着ていた。控えめなストライプの入った濃いめのブラウンのスーツで、中はモックネックの黒いニットを着ている。
かく言う僕は、セーターにコーデュロイのパンツにフード付きのダウンジャケットという、撮影所に行くときとほぼ同じ服装をしていた。
気合を入れてお洒落をしていると思われるのが嫌で普段と同じにしたけど、スーツを着ないといけない理由が、何かあっただろうか……。
「どうして、スーツなんですか?」
三間はチラリと横目で僕を見やり、サングラスをかけた。
車が静かに動き出したため、慌ててシートベルトを締める。
「普通の恰好してると、サングラスしていても俺だと気づかれて、声をかけられるから。スーツだと、誰も声をかけてこない」
……なぜ、スーツだと声をかけられないんだろうと考えて。思った。
三間がスーツを着てサングラスをしていたら、どう見ても『ヤ』のつく職業の人にしか見えない。三間だと気づかれない以前に、皆、視界に入った時点で目を逸らすのではなかろうか。
思わず笑いが込み上げてきそうになって。その見た目ヤクザの男と二日間行動を共にするのだと考えたら、笑えなくなった。
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