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重なる思い(5)

 鹿児島空港から車で1時間ほどの山間(やまあい)の町。かつて旧陸軍の飛行場があったその町が、映画『空を見上げて』の舞台だ。  とは言っても、今回は鹿児島でのロケはなく、海上のシーンのみマレーシア、それ以外のロケは全て栃木や茨木といった近場で予定されている。そのため、一度は訪れてみたいと思いながらも、目先のスケジュールに追われて未だに実現できずにいた。  今の時代、ネットを探せば知りたい情報のほとんどが手に入る。現地に行かなくても、金田が見た景色を写真で見ることはできるし、特攻隊に関する資料を読むこともできる。  ただ、いくらネットや図書館を漁っても、金田の気持ちがわからないから悩んでいるわけで。  三間が言うように、映画の舞台であるその土地に行けば、これまで見えなかったものが見えるかもしれないという思いは、自分の中にもあった。  あまり迷わずに「行きたいです」と答えたのは、きっとそのせいだ。  しかし、答えた後で、一つ大事なことを思い出した。 「でも……。飛行機って、国内でも片道数万しますよね? 僕、1月でバイトを全部辞めたから、今は貯金に余裕がなくて……」 「出世払いでいい」  即答すると、食事中にも関わらず、三間(みま)はポケットからスマホを取り出して、操作し始めた。 「飛行機は9時に羽田発のやつでいいか?」  どうやら航空券を予約しているらしい。  これには、今思いついたばかりのことを、そんなにすぐに実行に移してよいのかと焦った。 「そ、それは、大丈夫、ですけど……。でも……。どうして、そこまでしてくれるんですか?」  スマホをスクロールしていた三間の指が、一瞬止まったように思う。視線は、スマホの画面に落としたままだ。 「俺もその日は仕事を入れてなかったし、前から一度行ってみたかったからな」  抑揚のないそっけない返事は、お前のためじゃない、と言いたいのだろう。ただ、それは僕に負い目を感じさせないための彼なりの優しさのように、今は思える。 「じゃあ……、すみません。お言葉に甘えます」  予約は彼に任せて食事していると、「ただ……」と何かを補足するように、三間がスマホから顔を上げた。  探るような鋭い眼差しを向けられ、一瞬怯みそうになる。 「この話は、マネージャーにも誰にも言わないでほしい」  スポーツジムで初めて顔を合わせた日のことを思い出した。僕のことを、『信用したいと、思っている』と言った三間が、今と同じ顔をしていた気がする。  僕がオメガと公表していたなら、二人きりで旅行に行くことを誰にも知られたくないと言われるのもわかる。でも、今の僕は表向きはベータだし、アルファとベータの先輩後輩で旅行に行ったからって、別に誰も何も思わないだろうに。 「わかりました。誰にも言いません」  いささか不可解には思ったが、訊いたところで答えてくれなさそうな気がして、内緒にする理由は訊ねなかった。  再びスマホに視線を戻した三間は、しばらく操作し、航空券とホテルを予約すると、何事もなかったかのように食事を再開した。

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