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重なる思い(8)
2時間ほど見学し、資料館を出たときには昼の1時を過ぎていた。
資料館の近くで食事をし、戦闘機の模型や当時の遺跡を見学した後、飛行学校の生徒たちが訪れていたという食堂にも足を運んだ。映画の中で寿美子の母が営んでいる食堂の、モデルとなった食堂だ。
今は食堂としては経営されておらず、こちらも資料や写真だけが展示してあった。
行き先は三間 が全て事前に決めてきたようで、特にガイドブックやスマホを見ることもなく、「次はここに行こうと思うけど、いい?」とナビに入力しながら確認される。ノープランの僕はただついていくだけだ。
普段は何を考えているのかよくわからない男だけど、もしかしたら僕以上に色々考えているのかもしれないと、妙なところで彼のことを見直した。
説明文を読み、一つ一つの展示品に思いを巡らせて見て回るのは、かなり気力を奪われる。それに、四六時中、三間が傍にいるという状況も、どうにも緊張する。
食堂の見学を終えたときには、精神的にくたくたになっていた。
時刻は4時を過ぎていて、そろそろホテルでゆっくりしたい気分だったが、車に乗り込むと、三間はチラリと腕時計を確認した。
「もう一か所、寄りたいところがあるんだが、いいか?」
「どこですか?」
正直言うと、またどこかの資料館に行くのは精神的にしんどい。これ以上は脳がキャパオーバーになってしまう。
「長崎鼻」
初めて聞く名前だった。
シートベルトを締めながら訊ねる。
「長崎鼻? って何ですか?」
鹿児島なのに長崎? と頭にはクエスチョンマークが浮かぶ。
「薩摩半島最南端の岬」
答えると同時にゆっくりと車が走り出す。
普段はかなりせっかちなほうだと思うが、彼の車の運転はマネージャーの白木さん以上に丁寧だ。
「お任せします」と答え、流れていく景色を横目に見ながら、鹿児島の地図を頭に思い浮かべた。
鹿児島県には、九州の足と呼べるような、南に二つの出っ張りがある。薩摩半島と大隅半島という名前は憶えているけど、いつもどっちがどっちだったか混乱する。
いま自分達がいるのが西側の半島だから、話から察するに薩摩半島が西側なのだろう。泊まる予定のホテルは指宿 で、確か出っ張りの端のほうだった。『岬』という言葉も普通は海に突き出した場所のことをいうから、その近くということか……。
古い町並みを抜けてしばらくすると、周りに畑や山が広がる田舎の風景になった。その間を縫って、小さな集落程度に民家がある。次第にその民家も見られなくなって、一面に緑の低木が広がる広大な景色が現れた。
「何か似たようなのがいっぱい植わってますね。あれ、何でしょう?」
「茶畑のようだ。新芽の時期だと、今よりもっと綺麗らしい」
冬場の今はくすんだ緑色をしているが、新芽の時期だともっと青々とした緑なのだろう。一面の新緑と、その上空に広がる青空が浮かんでくる。
次はその時期に来られたらいいですね。と言いそうになり、慌てて言葉を呑み込んだ。
朝からずっと一緒にいるから、つい今の状況を当たり前のように思ってしまっていた。
次はないのに。僕と三間は友達ではなく、ましてや恋人同士でもなく、ただの共演者。この映画の撮影が終わったら、それすらなくなってしまうのに。
「確かに……、綺麗でしょうね」
返答に迷ったのち、遠くのくすんだ緑に顔を向けたまま、当たり障りのない返事をした。
車窓の風景が茶畑であることも、新芽の時期が綺麗なことも、事前に調べてくれたのだろう。三間がドライブ中の風景に興味があるとは思えないから、調べてくれたのは、きっと僕のためだ。それだけで十分だと思えた。
元々、お互いにお喋りは得意なほうではない。会話はそこで終了し、狭い車内には再びラジオパーソナリティの軽快な声だけが満ちる。時折りかかるラブソングに気まずさを感じているうちに、やがて海が見えてきて、長崎鼻とやらに到着した。
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