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重なる思い(9)

 元々観光客は少ないのか、駐車場は十数台分の駐車スペースしかなかった。先着の車は二台だけなので、奥の空いていた場所に三間(みま)が車を駐める。  奥に向かって遊歩道が続いていて、その脇に土産物(みやげもの)屋らしき看板を掲げた建物が見えた。  車を降りると同時に冷たい風に体温を奪われ、身震いする。  海が近いせいか、先程いた内陸部より風があり、寒い。  それぞれ後部座席のドアを開け、そこに置いていたコートとジャケットを羽織る。  スーツの三間(みま)は、きっと僕より寒いだろう。そんな寒い思いをしてまで、半島の最南端にいったい何の用があるのだろう。  今回の旅は、特攻隊のことを知り、平田中尉や金田二等兵が何を思って生きていたかを実感することにある。特攻隊とは関係のなさそうな、飛行学校とも離れたこの場所に寄り道する理由がわからなかった。  まさかの『岬』好きってことはないだろうし。  駐車場の奥は遊歩道になっていて、視線で促され、そこに向かって歩き出す。  並んで歩くのはなんとなく気恥ずかしくて、道幅があっても、いつも真横ではなく半歩ほど後ろに下がった位置を歩く。  周りを木々に囲まれた遊歩道に沿って、土産物(みやげもの)屋が数件点在していた。やがて建物も木々もなくなり、海が見えてくる。    半歩前を歩いていた三間が足を止め、振り返るようにして右手を見た。  つられて、僕も立ち止まってそちらに顔を向ける。 「開聞岳(かいもんだけ)……」  海の向こうに見えるその山の名前を無意識に呟いたのは、今日何度もその名前を目にしていたからだ。  美しい円錐形の山は、『さつま富士』とも呼ばれるらしい。  今いる場所とは同じ半島内にあるはずだけど、この『長崎鼻』が海側にせり出しているせいで、陸続きではなく間に海を挟んだ向こうに山が見える。その開聞岳の向こうに、夕陽が沈もうとしていた。  その瞬間、何故ここだったのかがわかった。  海の向こうに見える開聞岳を、三間は見せたかったのだ。  特攻隊員たちが見た最後の本土。  特攻のために沖縄へと飛び立った隊員たちは、あの山を何度も何度も振り返りながら、本土に、愛する人たちに、別れを告げ、突撃の覚悟を決めたらしい。  そして、金田は。  同じように仲間たちと共に決死の覚悟で基地を飛び立ち、ただ一人生き残って本土へと戻って来た彼は。  本土へ帰る船上でも、この景色を見たはずだ。 『実際に金田が見た景色を見たら、何かわかることがあるんじゃないか?』  いつかの三間の言葉が脳裏をよぎった。  彼が、僕に一番見せたかったのは、この景色に違いない。平田中尉が。金田二等兵が。見たであろう景色。  そう思ったら、今日何度目になるかわからない涙が溢れた。  こちらを見下ろしかけた三間が、涙に気づいたからか、視線を遠くの山へと戻す。 「これは俺の考えだから、参考程度に聞いてほしい」  いつも以上にゆったりとした口調で前置きし、独り言ちるように話し始めた。 「俺は…………、戦争から帰って来た金田は、寿美子や、赤ん坊を見て、嬉しかったんだと思う……」  僕も、同じことを考えていた。  お国のためと死を覚悟して基地を飛び立ったが、仲間たちはみんな死に、自分だけが、教官に助けられる形で生き残ってしまった。  終戦を迎え、帰還する船上で『最後の本土』と再びまみえた金田は、きっと抜け殻のように空っぽだっただろう。彼を生かしていたのは、『平田中尉の最期の言葉を寿美子に伝える』というその一念のみで、もしかしたら、それを伝えたら自決しようとさえ思っていたかもしれない。  でも、再び出会えた。  戦火の中を生き延びた寿美子に。  戦火の中で生まれた中尉の子に。  中尉が、生きた証に。  あのとき、泣き崩れた金田は――……。   「嬉しかったんだと……思う」  先ほどよりも少しだけ力強く、三間が同じ言葉を繰り返す。 「中尉だけじゃない。死んでいった仲間達全員の生きた証が、そこにあったことが……。無念さとか恥とか、それまでの人生とか……、全てのことが覆されるくらいに……嬉しかったんだと思う……」  だから、生きることにした。  平田中尉が生きた証を、仲間たちが命をかけて守ったものを、守っていくことが、己の生きる理由だと定めた。  空と、山肌と、海を、同じ優しい火の色に染め、開聞岳に夕日が沈んでいく。  いつかの、誰かが、見た景色。    涙で滲むその『最後の本土』は、悲しくも、希望を感じる景色だった。

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