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海外ロケとスキャンダル(5)
6人掛けと8人掛けの長テーブルが縦に並んでいる中で、僕は8人掛けの、入り口に近い一番端の席に座っていた。
ここの夕食はビュッフェスタイルで好きな物を食べられる量だけ取ればいいから助かっている。野菜料理やスープなど、なるべく脂分が少なく消化に良さそうなものを中心に、他の人たちの3分の1程度の量を取り、ちまちまと無理やり口に運んでいた。
全員が席についたところで、助監督が明日の撮影について話し始めた。大事なことだとわかっていても、右の耳から左の耳に音だけがすり抜けていく感じで、言葉としては何も頭に残ってくれない。
正直なところ、早くこの食事会が終わってほしいという思いしかなかった。
助監督の話が終わり、普通の会食と同じで、席の近い者同士、各自雑談を始める。
……駄目だ。気持ち悪い。これ以上食べたら、絶対吐く。
今すぐにでも部屋に戻りたい気分だったが、撮影スタッフも含めて一番の若手なので、そういうわけにもいかなかった。最初に退席するのはあまりにも感じが悪い。
食事の手を止め、話に聞き入っているふりで作り笑いを顔に貼り付ける。
「夏希。食欲ないのか? 大丈夫か?」
隣の席の稲垣が、心配そうに声をかけてくる。
「実は夕食を待ちきれなくて、部屋でおやつを食べてしまいまして……」
そう嘘をつき、追及を逃れようとしたが。何故か箸を置いた稲垣が、体を傾け、肩口に鼻先を近づけて来た。
思わず身を引いたのと、離れたところで、ガタッと椅子を引く音がしたのが同時だった。
立ち上がったのは、8人掛けテーブルの、対角線上の席に座っていた三間だった。唐突だったようで、彼の周りの人たちは何事かと彼を見上げている。
三間は自分の席を離れ僕の傍に来ると、いきなり僕の腕を掴み上げた。
「柿谷が調子が悪そうなので、部屋に連れて行ってきます」
三間の言葉に、同じテーブルにいたスタッフ達が、「そうなの?」「そう言えば、少し顔も赤いかも」と、次々と気遣いの声を上げる。
アルファの威圧感だろうか。
体が委縮し、「大丈夫です」と強がって突っぱねることはできなかった。
「すみません。撮影の疲れが出たみたいで。お先に失礼して、早めに休ませていただきます」
そう断りを入れると、三間に引き摺られるようにして、その場を離れた。
体調を心配していたとは思えない速足で、三間は僕の腕を掴んだままエレベーターホールへと向かう。
「あの、三間さん。部屋には僕一人で戻れますから」
僕はもつれそうになる足をどうにか前へと動かし、彼に声をかけた。
四つあるエレベーターはどれも動いていて、1階にはいなかった。
足を止め、上向きのボタンを押してから、三間がこちらに顔を向ける。
「お前、自分で気づいていないのか?」
――何に? と思ったときだ。
「夏希」
背後から声がした。
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