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繰り返される悲劇(2)

 昨夜のことを、誰かに面と向かって訊かれたわけではない。  だが、昨日までと打って変わって、ロケメンバーからは明らかに距離を置かれていた。  雑談の輪に入ろうとしても、僕が近付くと、会話が止まり、皆が散り散りになってしまう。三間に対しても、僕ほど露骨ではないものの、昨日まではなかったよそよそしさが感じられた。  スタッフ達の僕を見る目も、変わったように思える。憐みと蔑み、それに好色なものが入り混じったような眼差しは、オメガとして生きていた頃、日常的にアルファやベータから向けられていたものだった。  濡れた服を着替える際も、これまでは人前で上半身裸になるのが普通だったのが、ぎょっとした顔をされ、人のいない車の陰へと誘導されるようになった。こうした様子から、昨夜のことだけでなく、僕がオメガであることにも気づかれているのだろうと感じた。  ロケメンバーのほとんどがホテルの同じフロアに泊まっており、僕の部屋の両隣もスタッフに割り振られている。シングルルームは狭く、壁も薄いから、こらえきれなかった声やベッドの軋む音が隣に漏れていた可能性も十分にある。  レストランで食事中に中座した僕と三間の様子を見て、ピンとくるものがあったのかもしれない。あるいは、稲垣が話したか。  プロデューサーが何も言ってこないのは、僕が業界最大手の月城プロダクションに所属しているからだろう。僕がオメガかどうかよりも、事務所の意向を重要視されているように思えた。  もし、事務所が、「それについては内密に」と言えば、スタッフにも緘口令が敷かれ、事実は伏されるに違いない。月城プロダクションは、それが可能な事務所だった。  そういう目で見られる居たたまれなさもあって、三間とは必要以上に距離を取り、会話どころかほとんど目も合わせることもなく、日本に帰って来た。  三間はその後、最後の濡れ場の撮影が一週間ほど続いたはずだ。  連絡を取っていなかったので、クランクアップの報せはネットニュースで知った。このあと映像の編集作業が入り、アフレコまではさらに二週間ほど間が空くことになる。  その間、僕は情報番組のゲストや雑誌の撮影といった単発の仕事が入っていた。合間にはレッスンやオーディションをこなし、それなりに忙しい日々を過ごしていた。  クランクアップから一週間が経った頃。マネージャーの白木さんから連絡を受け、事務所に呼び出された。  連絡をもらった際、『あまりよくない話題だから、覚悟しておいて』と重々しい声で言われ、何を言われるか大方の予想はついていた。  僕がオメガだったことがプロデューサーから事務所に伝えられ、対応についての相談が持ち上がったのだろう。  指定された会議室には、月城専務と白木さんが待っていて、予想していた以上に張り詰めた空気が漂っていた。  促されるまま二人の前に腰を下ろすと、専務は封筒から二枚のA4用紙を取り出し、左右に並べて差し出してきた。  週刊誌の記事をコピーしたようなその紙に目を落とした瞬間――……。僕は体中の血液が一斉に足元に引いていく感覚を覚えた。 『三間晴仁、二股疑惑!? 柿谷夏希、実はオメガだった!?』  週刊誌の見開き記事のコピーのようなその二枚のA4用紙には、大見出しのように、その言葉が一番上に大きく書かれていた。

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