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繰り返される悲劇(1)

 アラームの音で目が覚めたとき、気分は悪くなかった。  体は鉛のように重いし、瞼もまだ少し腫れぼったい。  それでも気持ちの上ではそれなりに気力がみなぎっていたのは、寝ている間、愛しい人の存在を身近に感じていたからだと思う。三間がいついなくなったのかわからないくらいに熟睡していた。  部屋の隅にあるライティングデスクには、三間からのメモが残されていた。 『アフレコが終わるまでは、お互い役に集中しよう。終わったら、話をしたい』  話をしたいって……、いったい、僕と三間の間に、どんな話があるというのだろう。  ヒート事故について、謝罪を求めている感じでもなさそうだし……。口止めをしたいのだろうか。  そんなことを考え、信用されていないことにちょっとがっかりもしたけど。一度目のときよりずっとマシだと気持ちを切り替えることにした。    一度目のとき、三間は朝まで一緒にいてくれた。でも、起きて、僕のフェロモンが落ち着いていることを確認すると、「タクシー呼ぶから、あとは一人で帰れるな」と言って、先に一人で帰って行った。  一秒も僕と一緒にいたくなかったんだろうな。そう思ってしまうような、そっけなさだった。  今回は、僕が起きる前にいなくなっていたけど。すぐ傍のシーツに残るぬくもりが、気持ちを穏やかにしてくれる。  心なしか、首の後ろもあたたかくて、一晩中、そこに彼の腕があったような錯覚を覚える。さすがにそれは、僕の願望が見せた都合の良い夢だろうけど。    アルファの精を注がれたことで発情期(ヒート)の症状はかなり落ち着いていたが、念のため、普段、発情期(ヒート)中に飲んでいる量の抑制剤を内服し、最後の撮影に臨んだ。  既に撮影を終えている前のシーンでは、飛行機から脱出し、落下傘で落ちる間、援護射撃する平田中尉に「逃げてください」と泣き叫び、全力で海を泳いで負傷した中尉を沈みゆく戦闘機から助け出している。  前日に比べると瞼は腫れているし明らかに疲弊している見た目は、劇中の金田二等兵の状況に即していたようで、それについて苦言はなかった。  最後の撮影は助け出した中尉の体を支えながら、飛行機の残骸にしがみ付き、近くの小島を目指して泳ぐシーンで、ただもう無我夢中で手足を動かしている感じだった。  その途中で中尉が力尽きる。寿美子への思いを託して、金田の腕からすり抜け、海の底へと沈んでいく。  気持ちを切り替えられたお陰でそれなりの演技をできていたようで、演技についてNGを出されることはほとんどなかった。  カメラのアングルを変えて同じシーンを何度も撮影するため、全部で20テイクほど演技を繰り返し、僕はそのシーンをもってオールアップした。  撮影自体は、心配をよそに、「事なきを得た」と言ってよいと思う。  唯一つの問題は、昨夜の三間とのことや僕がオメガであることが、おそらく撮影スタッフ全員に知られてしまっていることだった。

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