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繰り返される悲劇(5)
「まず、君がオメガだというのは、事実かな?」
僕は項垂れて、「はい」とか細く答えた。
「どうして、ベータだと嘘の申告をしたんだい? 我が社がタレントと契約する際に第二性別を確認しているのは、こういった事態を避けるためだということは、最初に説明して、理解してくれていたはずだよね?」
おそらくアルファなのに、専務からは、三間に感じるような威圧感は感じない。
そのため混乱はあるものの、必要以上に委縮せずにすんでいた。
「……すみません」
なめらかに、謝罪の言葉を口にする。
ロケ中のことやオメガだったことについては、映画のプロデューサーから既に通達が来ていることを想定していたので、答えは用意してあった。
「オメガだと演じられる役や仕事が限られるって話を噂で聞いていたので……、できるだけ幅広く色んな役をやりたくて、ベータだと嘘をつきました」
「三間君だけが、君がオメガだと知っていたのか?」
「いえ。三間さんは僕をベータだと思っていました。ベータだから、台本 読みのために家に呼んでくれたり……、気晴らしに旅行に誘ってくれたりしたんです。オメガなら声をかけなかったと、以前、本人に言われたこともあります」
旅行のことを話すときだけ、三間に相談せずに話していいものか一瞬迷ったが、週刊誌に暴かれてしまった以上、下手に誤魔化さないほうがいいだろうと勝手に判断した。
「ロケ中のことも……、三間さんは僕の発情期 に巻き込まれてしまっただけです。緊急用の抑制剤もありましたが、副作用のせいで翌日の撮影に影響が出るのが嫌で、僕が内服を拒否しました。三間さんは僕を助けてくれただけです。決して、二股とか、そういうことではありません」
最後のほうは、まっすぐに専務を見据え、声に力を込めた。
ふむ、と呟き、専務が顎に手をやる。
「そもそも、三間君と佑美さんは本当に付き合っているのか? 週刊誌でたびたびスクープされてきたが、本人達は否定しないだけで交際を認めているわけではない。二人が付き合っていないのなら、君と三間君だけの問題になる。三間君が世間の人達から批判されることはないし、今回の騒動が映画の売り上げに影響することもないだろう。うちの対応の仕方も変わってくる」
三間は、佑美さんと付き合っている。結婚の準備を進めているとも言っていた。
遅かれ早かれ、それは世間の人達の知るところになるだろうから、ここで誤魔化すことに意味はないと思った。
それに、専務と話しているうちに少しずつ動揺が落ち着き、自分のすべきことが見えてきた。そのためにも、専務に事実を伝える必要があった。
「二人は付き合っています。三間さんは、結婚の準備も進めていると言っていました」
終始穏やかだった専務の表情が、わずかに強張ったようにも思えた。
気にかける気持ちの余裕はなく、僕は話を続ける。
「三間さんは何も悪くありません。批判されるべきは、ベータのふりをして彼に近づき、発情期 に巻き込んでしまった僕です。二人が結婚して、これから夫婦として芸能活動を続けていく中で、僕のような人間が同じ世界にいることは、二人にとって迷惑なことだと思います。僕は残っている仕事を最後に、芸能界を引退します。だからその前に、世間の方々に対して、謝罪と、三間さんの潔白の証言をさせてください」
僕は専務に向かって、深々と頭を下げた。
一度目の人生も、最初からこうしていたらよかったのだ。
三間にはもう二度と会わないと、潔く未練を捨てていれば。
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