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繰り返される悲劇(6)
重苦しい空気を払うように、専務が深く嘆息する。
「君の気持ちはわかった。だが、君との契約はまだ一年残っているし、育ててきたタレントがようやく芽が出始めた頃に引退されるのは、うちとしても困る。引退については、できれば考え直してほしい。イメージダウンは避けられないだろうが、三間君は結婚しているわけではないのだから、世間の人達がそれほど問題視しない可能性もある。記者会見なりコメントを出すのも、記事の反響を見てからだ。……だが、その前に、もう一つ大事なことを確認しておきたい」
前置きした専務は、今日初めて、言葉に詰まり、気まずそうに視線を逸らした。
「彼との行為のあと……、アフターピルは服用したのか?」
一度目の人生では、記事が出たときに既に検査薬で妊娠を確認していたため、自分から打ち明けた。
まさかそこまで踏み込んだことを訊かれるとは思っておらず、僕は瞠目し、息を呑んだ。
「専務、それは……」
セクハラとも取れる質問に、白木さんが顔色を変えて口を挟もうとする。
「もちろん、言いたくなければ言わなくていいが、もしも君が妊娠している可能性があるのなら、話が変わって来るからね」
白木さんを遮り、専務が慌てて補足する。
「発情期 中のオメガの場合、他の性別に比べて妊娠率が高い。もし、君が妊娠しているのなら、たとえ佑美さんとの結婚が決まっていたとしても、三間君は君を選ぶかもしれない。そうなれば、うちの対応の仕方も変わってくる。佑美さんを説得して、三間君とは元々付き合っていなかったというコメントを出してもらえるように働きかける。彼女だって、寝取られ女優という悪いイメージをつけられるよりも、最初から何もなかったことにしたほうが、今後、仕事がしやすいだろうからね」
“寝取られ女優”。一度目も、そんな生々しい言葉を聞いたことを思い出した。
専務が言うように、三間が自分を選ぶかもしれないなんて微塵も思っていなかったけど、三間と二人で話し合うように言われたら、芸能界を去る前にもう一度だけ彼に会いたいと思ってしまった。
当時は三間の連絡先を知らなかったから、マネージャーを通して連絡を取ってもらって、三間がテレビ局で仕事がある日なら少しだけ時間を取れると言われ、彼の忘れ物を届けに来たことにして入館許可証をもらった。渦中の二人なので人の目のあるところで会うわけにいかず、あの非常階段を待ち合わせ場所にして――……。
一度目の記憶が呼び覚まされ、背中に冷たい汗が伝う。
どう答えるのが正しいのか、わからない。
でも、嘘を吐いて事務所の信用を失墜させた僕に対し、専務は怒りを露わにするでもなく、親身になって手を差し伸べてくれている。
専務だけでなく、誰に対しても、これ以上嘘を重ねたくはなかった。
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