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真相(10)
「三間さんは、病院行かなくて大丈夫なんですか?」
僕の問いに、彼が「俺?」と怪訝な顔をする。
「何か薬を嗅がされていましたよね? 毒なら、解毒剤をもらったほうがいいんじゃないですか?」
「多分クロロホルムかなんかだろ。ほとんど吸ってないし大丈夫だ」
「え? でも、意識を失くしていましたよね?」
「これまでに何回死体の役やったと思ってんだ。あの男が刃物を持っている間は近づけなかったからな。専務を追い出してあの殺人犯を油断させるための演技だ」
「さすが晴さんですね~」
ドヤ顔の三間と持ち上げる稲垣とは裏腹に、僕の胸には一抹の不安がよぎる。
――いや、ちょっと、待って。
だとしたら、専務たちと僕の会話も聞いてたってことだよな。
あれ? なんか、僕、三間さんに聞かれちゃマズいこと話してなかったか……?
なんとなく嫌な予感を覚えつつ、専務たちとの会話をすぐには思い出せないでいると。
「これ、スタンガンみたいですけど。被害者の方の物でしょうか?」
若い刑事の一人が地面から拾い上げたスタンガンをこちらに掲げて見せた。
被害者と言えば、僕のことだ。
大した怪我もないのに寝たまま返事をすることに抵抗を感じ、体を起こす。三間が咄嗟に背中に手を回してくれた。
「これ、柿谷君が購入したもの?」
白木さんに訊ねられ、首を横に振る。
「いえ。護身用にって専務がくれたものです」
僕の答えに、彼の表情が険しくなった。
「それも証拠品として押収しておいて。多分、ジャマーのついた違法なやつだろうだから」
「ジャマ―?」
訊ねたのは稲垣だった。聞き慣れない言葉に、僕も小首を傾げる。
「昨日のうちに連絡をもらって、栃木の山の中から慌てて帰って来たけど、僕が寮に着いたのは今日のお昼頃で、柿谷君が寮を出た後だったんだ。その後、何度も君に電話をしたけど、電波が届かない場所にっていう音声が流れて来るだけで、電話が繋がらなかった。おそらくあのスタンガンにジャミング……、電波障害を発生させる装置が取り付けられていると思う。殺そうとしている相手に防犯グッズを渡すはずないからね。スタンガンとしての機能も含めて、遠隔でオンオフを操作できるようになってるんじゃないかな。日本では違法だけど、海外では、そういった特殊に改造されたものも手に入るから」
元々、スマホは必要があるときにしか見ないため、電波を障害されていたことには全く気付かなかった。
白木さんは秘湯のロケと聞いていたから、携帯が繋がらなくても仕方ないと思ったし、三間は突き落とされた際に携帯が駄目になっていた。そして、電波障害の機材……。
もし、それらのことが全て、僕が三間や白木さんと連絡を取ることを阻止するためだとしたら、その周到さに改めてぞっとする。
「僕の正体には気づいていなかったようだけど、計画のことを知られたら反対されるとは予想していただろうからね。そもそも、あんなの、誰がどう考えても怪しい。引っかかるのは余程のお人好しか馬鹿だな」
正体――という言葉も気になるが、それ以上に、かつてないほどの白木さんの毒舌に、彼の裏の顔を見てしまった気分になる。――いや。白木さんってもしかして、こっちが『素 』なのか?
「証拠品なら、これも使えるかもしれません」
今度は三間が、胸ポケットから取り出した小型のラジオのようなものを白木さんに差し出した。
「ボイスレコーダーです。ポケットに入れていたので、どこまで正確に聞き取れるかわかりませんが……、警察に融通がきくとか、お前のような人間は留置場にいる時点でどうとでもできるとか、そういう会話も入っているはずです」
「さすが三間君、気が利くね」
白木さんは嬉々としてボイスレコーダーを受け取った。
それをポケットに仕舞いながら、ふたたび僕の顔を覗き込む。
「病院に行かなくても大丈夫そうなら、今から柿谷君にも署で話を聞きたいんだけど、いいかな?」
「署、ですか……?」
白木さんが、「あ……、」と何かを思い出した顔をする。
「そう言えば、柿谷君にはまだ説明していなかったね。芸能事務所のマネージャーは仮の姿で、実は僕の本業は警視庁の刑事なんだ」
「そう……だったんですか……」
さほど驚きはなかった。
ままならない思考でも、さっきから白木さんの発言がやけに専門的だったり、刑事や三間の彼に対する態度に違和感を覚えていたので、なんとなくそうかもという気はしていた。
潜入捜査とかそういったものは、ドラマでも馴染みがある。
「疲れているだろうけど、今ごろ寮にも家宅捜索が入っているだろうから、帰ったところですぐには休めないと思うよ。帰りに何か好きな物をテイクアウトするから、話を聞くのは夕食を食べながらでいい」
「寮に家宅捜索ですか?」
白木さんが刑事だったことより、そっちのほうが驚いた。
今回の事件に関連して、寮にも何か証拠になるようなものがあるのだろうかと考えを巡らせる。
しかし、そもそもの話、白木さんは半年前から僕のマネージャーをしているし、それ自体がおかしなことだと気が付いた。その頃から専務が僕の殺害を計画していたとは考えにくいし、起きてもいない事件のために半年も潜入捜査をするほど、警察は暇ではないだろう。
だとしたら、警視庁の刑事がうちでマネージャーをしていたことには、何か他に目的があったのだろうか……。
周囲には更に人が増え、鑑識らしき青い作業服を着た人たちも慌ただしく出入りするようになった。傍らで膝を付き合わせて話をしている僕たちのことは、皆、気にすることなく自分の仕事をしているが、明らかに邪魔だろうと思う。
話している間に救急隊が到着し、犯人の男も担架で運び出されて行ったため、残っている一般人は僕たちだけだ。
「話せば長くなるから、署でゆっくり説明しよう。それより先に、まずは腹ごしらえだ」
「それなんすけど……」
腰を上げかけた白木さんを遮るように、三間が珍しく遠慮がちに口を挟んだ。
「あの……、俺、今日の7時から記者会見が入っていて、できればこいつも連れて行きたいんで、俺たちの事情聴取は明日じゃ駄目っすか?」
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