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真相(13)

「根岸派の議員が不祥事を起こすと、絶妙なタイミングで芸能人の熱愛スキャンダルや覚せい剤使用が発覚して、大抵そっちに話題をさらわれるんだ。月城プロダクション絡みのことが多いから、根岸が社長に依頼して話題を作ってもらってるんじゃないかって、そういう黒い噂は以前からあった。実際、月城社長と根岸議員は、よく一緒にゴルフに行ったりしていて、蜜月関係みたいだよ」  白木さんの説明に、はぁ、と曖昧に頷く。  未だに、僕が狙われた理由は見えてこない。 「今度、日自連の総裁選があるだろ。根岸は俺の親父の一番の対抗馬と目されている。俺が浮気相手を痴情のもつれの末に殺した、という筋書きで一番利を得るのは、根岸だ。俺が逮捕されれば、刑が確定していなくても、世間は俺を犯罪者扱いする。親父は総裁選で落選するか、出馬を辞退せざるをえなくなるからな」 「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」  僕は声を上ずらせ、後部座席で隣に座っていた三間のほうに顔を向けた。 「総裁選ってどういうことですか?」 「あれ? 三間君、柿谷君に言ってなかったの?」  間延びした声を上げたのは白木さんだ。 「そう言えば、言ってなかったかな。三間は芸名で、俺の本名は三隅晴仁(みすみはるひと)っていうんだ」  旅行に行ったとき、レンタカーの手続きをしているときにチラ見した免許証には、確かにそう書いてあった。 「次の総理大臣候補って噂されている三隅隆仁(みすみたかひと)は、俺の親父だ。おそらく月城は、俺を陥れることで、佑美から俺を引き離すだけでなく、親父を総裁選から引きずり下ろしたかったんだと思う。そのために、お前を犠牲にしようとした。未婚の息子が二股した記事くらいじゃ、父親までは影響が及ばないからな」 「えええ! 三間さん、三隅隆仁の息子だったんですか!?」  屋外セットに呼び出されてからというもの、驚くことばかりだが。中でもそれが一番の驚きだったかもしれない。  政治の駆け引きのために何の罪もない人間の命を犠牲にしようとするなんて、怒りを覚える以上に到底信じられない話だ。ただ、「佑美さんを得たいがため」という単純な理由よりは納得はできた。  一度目の人生も、僕が階段から突き落とされたのは、それが理由だったのかもしれない。  屋外セットで感じた専務の冷たい殺気は、僕を突き落とした男から感じたものと確かに同じだった。今回のように人を使わずに自分で手を下した理由は、僕が死なずに生き残った場合に、疑いを三間に向けさせるためではないかと思う。黒ずくめの服装は三間がプライベートで好む格好と瓜二つだったし、背格好が似ているから、それに帽子とサングラスとマスクをしたら、三間と専務の見分けはつかない。 「でも……、だとしたら何故、三間さん自身が狙われたのでしょうか? 三間さん自身が怪我をしても、お父さんへの悪影響はないはずですよね?」  そこが、一度目の人生と今回とで、異なる点だった。  三間を突き落とした犯人はまだ捕まっていないけど。それについても、専務が無関係だとは思えない。 「これも、白木さんから話を聞いて、推測したことだが……」  苦々しい声で前置きし、三間の説明が続く。 「あの記事自体も、専務が裏で糸を引いている可能性が高い。記事を理由に、お前が俺を呼び出し、揉めた末に衝動的に俺がお前を殺してしまう、という筋書きを作りたかったんだろう。だから、刺殺ではなく、絞殺にこだわっていた。ナイフを準備していて殺すつもりだったのなら、もっと計画的に、死体をどう処理するかまで考えてやる方が自然だからな」  去り際に専務が言っていた言葉を思い出した。 『浮気相手の君が妊娠していたほうが、『痴情のもつれの末に殺してしまった』というシナリオが信憑性を増すからね』  あれは、僕が妊娠を理由に三間に結婚を迫り、鬱陶しく思った彼が衝動的に僕を殺してしまった、という筋書きにできるとでも思っていたのだろうか。  やっすいサスペンスドラマだな。と、無事だった今なら思える。 「白木さんの話では、あの記事を見せられても、お前は俺に会うことを拒んだそうだな。それで、俺に怪我を負わせることを思いついたんじゃないかと思う。俺を階段から突き落としたのは、おそらく今日のあの男だが、力はそれほど強くなかったし、殺すつもりなら油断していたあの瞬間に背後から刺したほうが確実に殺せる。俺が怪我をして、その犯人をおびき出すためなら、お前を人気のない場所に出向かせることができると踏んだんだろう」  そして僕は、まんまとその策に嵌った。  きっと、そんなやっすいシナリオを信じ込むような、馬鹿なオメガだと思われていたのだろう。  込み上げてくるのは、騙された悔しさよりも、自分の迂闊さに対する忸怩(じくじ)だった。

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