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いつかの、誰かが、見た景色(1)
穏やかな海面は夕陽の柔らかな光を反射し、波紋が静かに揺れている。
遠目に、波紋の中心に何かが浮いているのが見えた。徐々に視界が狭まり、それが何か、はっきりしていく。海に浮かんでいるのは、戦闘機のフレームの一部。それに二人の人影が掴まり、漂っていた。
顔が青褪め、ぐったりしているのは平田中尉。その体を片手で支えながら、もう片方の手でフレームにしがみつき、足で必死に水を掻いているのが金田二等兵。二人とも飛行帽は失い、短い髪はぐっしょりと濡れそぼっている。
「中尉……、も……すぐ……岸……着く、から…………」
波を顔に浴びながら金田が絞り出す声は、アフレコとは思えないくらい、まるで近くでそれを聞いているように、痛切に響いた。
「……かねだ…………おれは、もう……ここまで、だ……。おまえだ……け、でも…………生きろ…………」
「な、に、言って…………寿美子さんが待って……んでしょ!……あの人を一人に……する気ですか!」
金田の必死の訴えに、中尉はゆっくりと目を閉じ、ひそやかに口元をゆるめる。
「……ひとり……じゃない…………。会いたく……なっ、たら…………、空を見上げて…………。そう……伝えて…………。俺はいつも…………そこから……君を、見ている…………」
「中尉ーーー!」
顔を歪ませ、泣き叫ぶ金田がアップになり、画面は海の中へと切り替わる。
濃藍の水の中で、蒼白な顔をした中尉が、太股から血を流しながら徐々に海の底へと沈んでいく。
切ない音楽が流れ、鼻を啜る音が会場のあちらこちらから聞こえ始めたとき。
突如としてそれをぶった斬るような、あどけない声が、すぐ傍から聞こえてきた。
「ルー――!」
スクリーンに見入っていた僕は、慌てて隣――三間の膝の上にいる息子、光希 のほうに身を屈めた。
スクリーンを指さしている小さな手をそっと下ろさせ、耳元に口を寄せる。
「声を出したら駄目だよ、光 ちゃん。あれは、ルーだけどルーじゃないんだ」
1才になったばかりの息子は、僕のことは「ママ」とか「マンマ」と呼べるようになったけど、三間のことは「ルー」と呼ぶ。僕がいつも「晴さん」と呼んでいるせいだろう。舌ったらずで「ハル」と言えないから、「ルー」になったんだと思う。
それ以上喋りだすようなら会場を出ないといけないかと思ったけど、お気に入りの布製絵本をめくってあげたら、それに気を取られてくれた。
この子の性格なのか幼児特有なのか、何かを気に入るとそれに集中する。そのままおとなしくしてくれていて、どうにか最後まで上映を見届けることができた。
エンディングの曲が終わり、一斉に拍手が起こる。
壇上に司会者が上がり、喋りはじめた。
「忠 さん、じゃあ、光希のこと、お願いします」
「ほいさ。光ちゃん、おじちゃんと一緒にパパ達見ていようね」
三間が隣の席にいた片桐社長に光希を預け、僕も社長に軽く頭を下げて、佑美さんと三間に続き壇上へと上がった。
4月の最初の日曜日である今日、僕たちは鹿児島で行われる映画祭に来ていた。
一昨年に制作された映画『空を見上げて』が映画祭で上映されるということで、出演していた僕達3人がゲストとして呼ばれたのだ。
片桐社長は、旅行を兼ねて佑美さんの付き添いで来ていた。
コメントを求められ、柄にもなく、三間が鹿児島弁で答えて会場を沸かせたりして、ゲストの仕事はつつがなく終わった。
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