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第3話『長男』
「『殺す』って、誰に言っているの〜?サングラスくん、僕に勝てたこと一度もないよね〜?」
これまでも何度か一番目の兄とトラブルになり、喧嘩をしていた真白は『また負けるだけだよ〜』と述べた。
「まあ、恥の上塗りがしたいなら付き合うけどさ〜」
『ちょうど、サンドバッグが欲しかったところだし』と言い、真白はゆるりと口角を上げる。
その瞬間、一番目の兄は堪らずといった様子で真白に殴り掛かった。
が、当然の如く躱される。
あの距離で、よく相手の攻撃を見切れるな。
しかも、完全回避だし。
『普通は防御の方に回るんだが』と考えつつ、俺は茶を飲む。
────と、ここで一番目の兄が思い切り顔を近づけた。
恐らく、真白に頭突きするつもりなんだろうが……
「……見ていて、気持ちのいい光景ではないな」
コップを持つ手に力を入れ、俺は少しばかり眉を顰めた。
と同時に、真白が兄の鳩尾を蹴り上げる。
その反動で兄の体は宙を舞い、後ろへ倒れた。よって、頭突きは不発に終わる。
「も〜。若くんってば、嫉妬〜?」
「だったら、なんだ?」
「えへへ〜。嬉しい〜」
微かに頬を赤く染めてはにかむ真白は、すっかり上機嫌になった。
鼻歌でも、歌い出しそうなほどに。
「サングラスくんも、たまには役に立つじゃん〜。ご褒美あげなきゃ〜」
床に倒れた一番目の兄を見下ろし、真白は少しばかり身を屈めた。
かと思えば、兄の頬を鷲掴みにして無理やり口を開けさせ────中に急須の先端を突っ込む。
「んぐっ……!?」
一番目の兄は半ば強引にお茶を飲まされ、大きく目を見開いた。
恐らく何をされているのか理解が追いつかず、戸惑っているのだろう。
「サングラスくんの渇望していたお茶だよ〜。飲めて、良かったね〜」
『嬉しいでしょ〜?』と問い、真白はクスクス笑う。
と同時に、急須の先端をゆっくりと引き抜いた。
「はい、終わり〜」
空になった急須をそこら辺に投げ捨て、真白はおもむろに身を起こす。
『ちゃんと味わえた〜?』と述べる彼を他所に、一番目の兄はケホケホと咳き込んだ。
「ふざけ、んな……この、野郎」
鋭い目つきで真白を睨みつけつつ、一番目の兄は何とか起き上がる。
でも、鳩尾を蹴られた時のダメージとお茶の強制摂取による窒息で大分体力を削られたのか、フラフラだった。
「悪いな、兄貴。真白に悪気はないから、許してやってくれ」
少しヒビの入ったコップを一旦テーブルの上に置き、俺はようやく仲裁に入る。
これ以上はさすがに不味い、と判断したため。
『本気で殺し合いに発展しかねない』と思案する中、一番目の兄は怪訝な表情を浮かべた。
「はぁ!?てめぇの目は節穴かよ!?こいつのやること成すこと全部、悪意しかねぇーだろ!」
『悪気はない』という発言に噛みつき、一番目の兄は濡れた前髪を掻き上げる。
と同時に、スマホの着信音が鳴り響いた。
「チッ……」
鳴っていたのは兄のスマホだったのか、スーツの内ポケットからスマホを取り出す。
僅かに振動するソレを見下ろし、画面をタップした。
かと思えば、耳にスマホを当てる。
「俺だ……今、彰のところに……はっ?なんだよ、それ。てめぇが……チッ……分かった」
一番目の兄は苛立たしげに通話を切り、しばらくじっとスマホの画面を眺めた。
凄く不服そうにしながら。
『一体、通話で何を言われたんだ?』と疑問に思う中、彼はようやくスマホを仕舞う。
「彰、俺は急用が入ったからもう行く」
「そうか」
こちらは特段用事などないため適当に相槌を打って、残りのお茶を飲み干した。
と同時に、コップをテーブルの上へ戻す。
結局、何が目的で訪問してきたのかは分からなかったな。
まあ、大して興味もないから別にいいんだが。
『どうせ、くだらないことだろうし』と考えつつ、俺は懐から|煙管《きせる》を取り出した。
さっさと着火して吸う俺を前に、一番目の兄は襖へ手を掛ける。
「……そういえば」
わざとらしい動作でこちらを振り返り、一番目の兄はスッと目を細めた。
「彰、てめぇ怪我はしてねぇーのか?」
前回の襲撃のことを指しているのか、一番目の兄は『蜂の巣にされかけたんだろ』と述べる。
探るような視線を向けてくる彼の前で、俺は
「さあな」
と、はぐらかした。
特に他意はない。ただ、親切に教えてやる必要もないだろうと思っただけ。
今回の訪問理由がコレなら、尚更。
まあ、知られたところで何の問題もないけどな。
なんせ、こっちは無傷だから。
大体、負傷なんかしていたら真白がこんなに落ち着いている訳ないだろ。
俺が紙で指を切っただけでも大騒ぎする側近を思い浮かべ、内心苦笑する。
『もし、怪我していたら今頃どうなっていたんだろうな』と想像しながら。
「チッ……そうかよ」
一番目の兄は不満そうな表情を浮かべながらも、時間がないため早々に話を切り上げた。
さっさと部屋を出ていく彼を前に、俺は煙管を吹かせる。
『やっと、うるさいのが居なくなった』と肩の力を抜く中、不意に袖口を引かれた。
「ねぇ、若くん」
いつの間にか俺の隣に座っていた真白は、横から顔を覗き込んでくる。
僅かに頬を膨らませながら。
「いつまで、サングラスくんを野放しにするつもり〜?いい加減、限界なんだけど〜。殺した〜い」
言動の端々に不快感を滲ませつつ、真白は眉間に皺を寄せた。
珍しく顰めっ面を晒す彼の前で、俺はフーッと煙を吐き出す。
「殺すのはダメだ。でも、兄貴のことはそのうち黙らせる。だから、もう少し我慢しろ」
そう言うが早いか、俺は真白の頬を鷲掴みにした。
と同時に、唇を重ねる。
反論は一切受け付けない、と示すために。
「俺達の望む未来まで、あと一歩だ。ちゃんと“待て”出来るな?」
真白の唇を指でなぞり、俺は『返事は?』と促す。
すると、彼は恍惚とした表情を浮かべて
「わん♡」
と、吠えた。
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