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第4話『寄り道』

◇◆◇◆  ────一番目の兄に絡まれてから、早一ヶ月。 俺は相次ぐ襲撃と組の仕事に追われ、多少なりとも疲弊していた。  はぁ……これで記念すべき十回目の襲撃だな。  真白によって皆殺しにされた敵を見やり、俺は溜め息を零す。 極道に生まれた以上、常に命を狙われるのは分かっていたが、最近あまりにも多すぎて……。 『特にここ一週間は毎日のように襲撃されていたし』と思い返しつつ、俺は血の海を一瞥する。 と同時に、真白がこちらを振り返った。 「ねぇ、若くん。本当に全員、殺しちゃって良かったの〜?」 「ああ。どうせ、また自決……いや、|殺される《・・・・》のがオチだからな」 「あっ、やっぱりアレって自殺じゃなかったんだ〜」  『そんな気はしていたんだよ〜』と語り、真白は刀を鞘に収める。 ────と、ここで俺のスマホが鳴った。 「そろそろ、約束の時間か」  前日に設定しておいたアラームを止め、俺は上着を羽織る。 そのままさっさと出掛けようとする俺の前で、真白は少しばかり口先を尖らせた。 「若くん、本当に行っちゃうの〜?」 「ああ」 「え〜?やだやだ、行かないでよ〜。せめて、僕も連れて行って〜」  返り血塗れの手で俺の服を掴み、真白は引き止めてくる。 留守番を言い渡されたのが、余程面白くないらしい。 「却下だ」 「何で〜?」 「連れて行ったら────|相手の女《・・・・》をぶち殺すから」 「だって、若くんとお見合いなんて気に食わないも〜ん」  組同士の付き合いの一環でセッティングされた場に、真白はこれでもかというほど不満を示す。 一応断る予定ではあるものの、そういう目的で女性に会わないといけないのが嫌なようだ。 要するに嫉妬である。 「ったく……俺はお前のものだって、何度も言っているだろ。何も心配するな」 「ん〜……でも〜」 「それにどうせ、普通のお見合いにはなんねぇーよ。お前にも、ちゃんと話しただろ?」  先日説明した作戦について触れると、真白はそっと眉尻を下げる。 「うん……だからこそ、一緒に行きたいんだよ」  先程とはまた違う意味の心配をしているのか、真白は少しばかり悩む仕草を見せた。 本当にこのまま送り出していいのか?と。 不安そうにこちらをじっと見つめる真白の前で、俺は一つ息を吐く。 「安心しろ。ちゃんと無事に帰ってくるから」  ポンポンッと真白の頭を撫で、俺は優しく宥めた。 すると、彼は服を掴む手を少し緩める。   「ちゃんと五体満足で帰ってこなきゃ、嫌だよ?」 「ああ、分かっている」  真白の手をやんわり解いてそっと持ち上げ、俺は唇を落とした。 必ず生還する、という誓いを立てて。 「その代わり、ここの|掃除《・・》は頼むぞ」  『ただ留守番させるために置いて行くんじゃないぞ』と示し、俺は手を離す。 と同時に、真白はキスされた手の甲へ唇を寄せた。 「うん、隅々まで綺麗にしておくね〜」  うっとりした目でこちらを見据え、真白は『任せて』と胸を張る。 日本刀に手を掛けてやる気満々の彼を前に、俺は今度こそ踵を返した。 そして、予め手配しておいた黒塗りの高級車へ乗り込むと、お見合い場所のホテル────ではなく、繁華街に向かった。 ちょっと寄りたいところが、あったので。 「お前らはここで待機していろ」  組員の運転手と用心棒にそう告げ、俺は一人街中に足を踏み入れる。 『地図だと、この辺なんだが』と辺りを見回し、スマホと睨めっこしていた。 ────と、ここで突然背後から肩を叩かれる。 「彰さん、こっちです」  聞き覚えのある声が耳を掠め、俺は反射的に後ろを振り返った。 すると、そこには青のパーカーに身に包んだ青年が。 深くフードを被り黒のマスクを着用する彼は、近くの路地裏を指さす。 「あっちで話しましょう」 「ああ」  促されるまま路地裏へ足を踏み入れ、俺はパーカーの男へ向き直った。 と同時に、腕を組む。 「久しぶりだな、ヒュー」  今回の寄り道の目的であり理由である人物を前に、俺はスッと目を細めた。 相変わらず、人相の分からない相手を見つめながら。 「お前は本当に変わらないな。その不審者みたいな格好なんて、特に」 「不審者とは、人聞きが悪いですね。というか、俺より今の彰さんの方がよっぽど怪しく見えますよ」 「はっ?」  周りに怪しまれるような格好をした覚えはないため、思わず怪訝な表情を浮かべる。 『和装だから、目立つってことか?』と思案する中、ヒューはコテリと首を傾げた。 「あれ?気づいてませんでしたか?そこの袖口────|血《・》で汚れてますよ」  ヒューは俺の手元を指さし、『結構ベットリ付いてます』と述べた。 と同時に、俺は指定された箇所を確認する。  これは……確かに血だな。しかも、わりと真新しい。 多分、家を出る直前くらいに付いたものだと思う。 でも、特にこれと言って心当たりは……。  出掛ける前に受けた襲撃を思い返し、俺は『返り血、浴びなかったよな?』と考える。 そのとき、ふと真白の存在が脳裏を過ぎった。  そういえば、あいつ────返り血塗れのまま、俺に触れていたな。 タイミングを考えても、真白が元凶としか思えない。  パズルのピースが全て嵌るような感覚を覚えながら、俺は嘆息する。  全く、あいつは……マーキングのつもりか? こんなことをしなくても、見合いはちゃんと台無しになるというのに。 まあ、真白なりの精一杯の抵抗と思えば悪くないが。 せっかくだから、このままにするか。 どちらにせよ、今から着替えるのもクリーニングに出すのも不可能だしな。  『寄り道のために早出したとはいえ、そこまで時間はない』と考えつつ、俺は小さく肩を竦めた。 「……まあ、そういう柄に見えなくもないだろ」  手形っぽく見える血痕を一瞥し、俺は放置を決め込む。 『えぇ……』というヒューの視線を無視して、顔を上げた。 「それより、例のものを出せ」  ここに来てようやく本題へ入った俺は、片手を差し出す。 すると、ヒューは 「どうぞ」  スマホよりやや大きいサイズのメモ帳を手渡してきた。 そこには、こちらの欲しかった情報がズラリと並んでいる。 さすがはプロの情報屋とでも言うべきか、期待以上の成果だ。 「確認した。内容に問題はない。料金は後ほど支払う」  開いたメモ帳を閉じて懐に仕舞い、俺は『いつものロッカーに現金を入れておく』と話した。 ネット社会の現代にそぐわないアナログ手法だが、ヒューたっての希望なので仕方ない。 個人情報に繋がるような証拠は、極力残したくないようだから。 『徹底的に顔を隠して、偽名を使っているのもそのため』と思案する中、彼はフードの先端を引っ張る。 「分かりました。それじゃあ、俺はこれで」  『長居は無用だ』と言わんばかりにさっさと踵を返そうとするヒューに、俺は 「待て」  と、制止の声を掛けた。 その途端、彼は足を止めてこちらを振り返る。 「まだ何か欲しい情報でも、あるんですか?」 「いや、違う────お前の|本業《・・》の方で、話がある」  ヒューにとって、情報屋はあくまで副業。本業では、ない。 だからこそ、今日こいつのもとを訪ねてきた訳だが。 「依頼ですか?」  どこか鋭い雰囲気を放つヒューに対し、俺はコクリと頷く。 「ああ。急ぎなんだが、引き受けてくれるか?」 「内容次第ですけど、予定は空いているんで対応可能ですよ」  『ここ最近、めちゃくちゃ暇なんで』と言い、ヒューはパーカーのポケットに手を突っ込んだ。 とりあえず話を聞こうとする彼の前で、俺は前髪を掻き上げる。 「そうか。じゃあ、今すぐ交渉と行こう」

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