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第32話『桐生律子の異変』
「あれか」
二番目の兄と向かい合う形で座る桐生律子を見つめ、俺は顎に手を当てる。
────と、ここで真白が俺の後ろからひょっこり顔を出した。
「ふ〜ん。あの女が、ね〜」
実物を見るのは初めてだからか、真白は値踏みするような視線を向ける。
どこか刺々しい雰囲気を放つ彼の前で、俺は目を凝らした。
どうにも、ちょっと気になることがあって。
俺の気のせいかもしれないが、桐生律子のやつ────
「────前より、太くなってないか?特に腰周り」
服装が服装なので、着太りするのは仕方ないが……前回も着物姿だったため、それほど違いはない筈。
『ここ数ヶ月で増量したのか、それとも着付けの問題か』と思案する中、真白がふと顔を上げた。
「さあ?それはよく分からんないけど、あの女の方から|変な音《・・・》はするよ〜」
「音?」
思わず聞き返す俺に対し、真白は
「うん。なんかね〜、機械音っぽいやつ〜」
と、答えた。
『スマホやタブレットの音では、なさそう〜』と付け足す彼を前に、俺は一人考え込む。
多分、聞き間違いという線はない。真白は恐ろしく耳がいいから。
となると、桐生律子が俺達に内緒で何かの機械を持ち込んでいることになる。
でも、一体何を?どんな目的で?
『一番有り得そうなのは、盗聴器やGPSだが』と予想を立てていると、桐生律子が体勢を少し変える。
ずっと、正座で居るのは辛かったのだろう。
所謂女の子座りになる彼女を前に、俺はふと帯へ視線を向けた。
ちょっと捻れているな、と思いながら。
今回の着付け役はハズレだったみたいだな。わざとにしろ、事故にしろこれは……ん?
何か見慣れないものが視界に映り、俺はピクッと眉を動かした。
「あれは……ケーブルか?」
一見帯留めの一部のように見えるものの、和服をよく着る俺には分かる。
あれは別物だ、と。
前より太くなった腰周り、謎の機械音、ケーブル……これだけでは断言出来ないが、もし俺の思った通りだとすれば────相当不味いな。
早急に打たないと、この場に居る全員の命が危ない。
いつになく危機感を抱く俺は、どう動こうか迷う。
『兎にも角にも状況確認だよな』と思い立ち、スマホを取り出した。
そして、二番目の兄に判明した事実とこちらの予想をメッセージで伝える。
『どうにかして、桐生律子に詳細を聞き出してほしい』とも。
わざわざハンドサインをしてきたということは、何か喋れない事情があるんだと思う。
それこそ、盗聴などされていて。
だから、表面上はいつも通り振る舞いつつ情報を引き出してほしい。
────という俺の意思を正確に読み取り、二番目の兄は桐生律子へ向き直る。
「ねぇ、三猿って知っている?」
「ええ、確か『見ざる聞かざる言わざる』という叡智の三つの秘密を示す意匠のことよね」
「そうそう、よく知っているね」
『さすが、律子』と持ち上げ、二番目の兄はニッコリと笑う。
「僕はとある物産展で三猿をモチーフにしたストラップを見て、知ったんだよね。ほら、これだよ」
二番目の兄はスマホの画面を桐生律子に見せ、『実物は後で持ってくるね』と述べた。
かと思えば、チラリと相手の顔色を窺う。
「あっ、そうだ。良かったら、律子にもあげるよ。どれがいい?」
『全部でも構わないよ』と言い、二番目の兄は意味ありげな視線を向けた。
すると、桐生律子は僅かに目を見開く。
どうやら、彼の言わんとしていることが理解出来たらしい。
見る・聞く・言う、どれなら問題ないのか三猿を通して教えろということか。
実に回りくどいやり方だな。
でも、会話を聞かれたり見られたりしている可能性を考えると賢い選択だと思う。
『意図を知らなければ、ただの雑談にしか聞こえないし』と感心する中、桐生律子はスマホの端を指さす。
「なら、こちらをいただこうかしら」
「オーケー」
『これでまたお揃いが増えるね』なんて言いながら、二番目の兄はスマホのキーボードを打つ。
それも、物凄い速さで。音も立てずに。
「ストラップは部屋へ行く時にでも、持っていくね。楽しみにしていて」
そう言ってウィンクし、二番目の兄は打ち込んだ文章を桐生律子に見せる。
どうやら、視覚関係は監視されていないようだ。
『なら、ある程度情報を引き出せそうだな』と思案する俺を他所に、二番目の兄は質問を重ねる。
それに、桐生律子は頷いたり首を振ったりして答えた。
────間もなくして、兄から結果報告の連絡が入る。
「なるほど。なら、対処はわりと簡単か」
『それでも、準備は必要だが』と述べつつ、俺は真白にも情報を共有した。
と同時に、一度この場を離れる。
とある道具……というか、機械を用意する必要があったため。
最近はほとんど使わなくなった代物だが、手入れはきちんとしているから動くだろ。
などと考えながら、俺は物置部屋へ足を踏み入れた。
埃っぽい室内を見回し、真白と手分けして目当てのものを探す。
「あっ、これじゃな〜い?」
真白は大きめの布を軽く捲って、その下にある機械を見せてきた。
『どう?』と尋ねる彼を前に、俺は少しばかり身を乗り出す。
「あぁ、それで間違いない」
『お手柄だ』と真白の頭を撫で、俺は機械へ手を伸ばした。
「じゃあ、さっさと運び出すぞ」
『そっち持て』と命じ、俺は真白と共に機械を運び出す。
目的地は言うまでもなく、桐生律子の居る部屋だ。
「入るぞ」
念のためそう声を掛けてから、俺は足で襖を開け放つ。
と同時に、部屋へ踏み込んだ。
無論、真白も一緒に。
「下ろすぞ」
唖然とする二番目の兄や桐生律子を置いて、俺は持ってきた機械を設置。
最後に部屋のコンセントへプラグを挿し、電源を入れた。
「これでもう大丈夫だ」
桐生律子の方へ向き直り、俺は『安心しろ』と述べる。
が、彼女は何がなんだか分からないようで目を白黒させていた。
「えっ、と……そちらの機械は一体?」
「電波妨害装置だ」
「!」
ハッとしたように息を呑み、桐生律子は俺達の持ってきた機械を凝視した。
『ここにそんなものあったの……』と驚きつつ、自身のお腹へ触れる。
「ですが、何故それで『もう大丈夫』だと……?」
あまり機械に詳しくないのか、桐生律子は困惑気味に眉尻を下げた。
まだ安心出来ない様子の彼女を前に、俺は腕を組む。
「────お前の体に仕掛けられた|爆弾《・・》は、遠隔操作で起爆する仕様なんだろ?なら、爆破の合図となる電波を受信出来ないようにすればいい。ただ、それだけだ」
『電波妨害装置が起動している間は、何も出来ない』と語り、俺は肩を竦めた。
まあ、その代わり盗聴も途切れるから計画に失敗したことはあっちにもバレるけどな。
これで桐生律子を二重スパイとして利用する、ということは出来なくなった。
『そこだけ、ちょっと惜しいな』と感じつつ、俺は前髪を掻き上げる。
「とりあえず、詳しい事情を説明してくれ」
「いや、ちょっと待って。それより、爆弾の解除が先じゃない?」
思わずといった様子で口を挟む二番目の兄は、『さすがにこのままじゃ可哀想だよ』と述べた。
なので、俺はこう言い返す。
「別に解除してもいいが、爆弾は着物の中だぞ」
「えっ……!」
「しかも、現状爆弾を解除出来るのは俺だけ」
『技術力や知識量からして、他のやつでは無理』と説明すると、二番目の兄はもちろん真白も抵抗感を示した。
嫌そうに顔を顰める二人の前で、俺は一つ息を吐く。
「だから、|警察《九条》に頼んで爆弾処理班の女を何人かこっちに向かわせている。ただ、到着まで時間が掛かるから、先に話を聞きたかったんだ」
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