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第31話『報復を誓う』
◇◆◇◆
────その後すぐに本邸へ戻り、結果報告を済ませると、俺は寝室へ直行した。
一刻も早く、真白を俺で満たすために。
『人肌に触れた方が、こいつも安心するだろうし』と考えつつ、体を重ねる。
長い長い夜が、明けるまで。何度でも。
さすがにちょっと疲れたな。まあ、この顔を見られるならなんてことないが。
隣で気持ち良さそうに眠る真白を見下ろし、俺はフッと笑みを漏らした。
が、すぐ真顔になる。
『真白が元気になって、良かった』と感じるのと同時に、その原因を思い出して。
正直、こいつがここまで母親に固執しているとは思わなかった。
父親を刺し殺せるくらいだから、母親の自害なんて気にも留めていないかと。
一応、真白の過去については調べてあったものの、あまり重要視してなかった。
それが、今では悔やまれる。
真白には、なるべく辛い思いをさせたくなかったため。
『こう見えて、結構脆いからな』と思いつつ、俺は情事の最中に聞き出した母親との確執を思い返す。
眉間に深い皺を刻み込みながら。
「……真白を産み落としてくれたことだけには、感謝だな」
言外に『それ以外はクソ』と主張し、俺は溜め息を漏らす。
この言いようのない怒りを、少しでも吐き出してくて。
真白の心を傷つけた早瀬美乃里にも、真白のトラウマを呼び覚ました雨宮琉生にも、真白の笑顔を守れなかった自分にも腹が立つ。
全部ぐちゃぐちゃにしてしまいたい……でも、自分以外はもう死んでいるんだよな。
これでは、報復など……
「……いや、居るな、もう一人だけ────雨宮琉生をサポートしていた、|真の黒幕《・・・・》が」
報復対象を新たに追加し、俺は雨宮琉生に抱いていた違和感を思い返した。
至って普通の家庭で生まれ育ったやつがあれほどの武具を用意するなど、どう考えても不可能。
確実にどこかから、支援を受けていた筈だ。
顎に手を当ててスッと目を細め、俺はスマホを手に取る。
また兄さんに調べてもらおう、と思い立って。
でも、既のところでやめた。
黒幕に関することは全て俺自身がやるべきだ、と判断したため。
そうしなければ、気が済まない。
「わざとにしろ、偶然にしろ……真白のトラウマを刺激した責任は、取ってもらうぞ」
────と、決心した数週間後。
俺はヒューに依頼して得た情報を確認し、一つ息を吐く。
やっぱり雨宮琉生はただの一般人みたいだな、と考えながら。
念のため親戚関係まで洗ったが、これと言って不審な点はない。
新たに分かったことと言えば、母親を殺された時期が真白を|桐生組《ウチ》へ引き抜く前ということくらい。
『だから、俺も知らなかったんだ』と納得しつつ、報告書をペラペラ捲る。
一番ほしい情報はまだ見れていないので。
『結局、俺の|予想《・・》は当たっていたのか?』と思案する中、頬に何かを押し当てられた。
「若く〜ん、スマホ鳴っているよ〜」
そう言って、背中に抱きついてくるのは他の誰でもない真白だった。
ずっと暇を持て余していたのか、ここぞとばかりにちょっかいを掛けてくる彼に、俺は視線を向ける。
「ああ、今出る」
頬に押し当てられたスマホを受け取り、俺は『桐生静から着信中』と表示された画面を一瞥した。
と同時に、応答ボタンを押す。
「俺だ。何か問題でも起きたか?」
二番目の兄に限って用もなく掛けてくる筈ないため、俺は早く本題に入るよう促した。
すると、通話越しにフッと笑う声が聞こえる。
「相変わらず、彰はせっかちだね。まあ、話が早くて助かるけど」
『急ぎの用だからさ』と言い、二番目の兄は少しばかり声のトーンを落とした。
声量的にも、声色的にも。
「実は────律子から、『桐生組の皆さんにきちんと挨拶したい』と言われたんだ」
「それに参加しろという話だったら、切るぞ」
『こっちはそこまで暇じゃない』と主張し、俺は目頭を押さえる。
入籍・同居を終えた直後だから、浮かれているのか?と思案しながら。
だって、普段の彼ならこんなことで連絡はしてこないため。
「いや、違う違う。確かにそういう席を設けるなら是非参加してほしいけど、通話を掛けたのは別の理由」
慌てて訂正を入れる二番目の兄は、『まず、最後まで話を聞いて』と要請した。
かと思えば、真剣な声色でこう言う。
「挨拶を提案された時にさ、律子が────ハンドサインをしてきたんだ。それも、SOSを意味するやつの」
「SOS……それは確かに妙だな」
『あの女は悪ふざけでそんなことしないだろうし』と考え、俺は自身の顎を撫でる。
面倒だが、放置は出来ないよな。
八神律子……いや、もう桐生律子か。とにかく彼女に万が一のことがあれば、兄さんは精神崩壊するだろうし。
その結果、自決なんてされたら堪らない。
現状考えられる最悪のシナリオを思い浮かべ、俺は腹を括る。
行くしかない、と。
「とりあえず、話は分かった。そっちに行く。だが、俺が来ていることは相手に告げるな。廊下に待機して、様子を伺う」
『無防備に姿を晒す気はない』と宣言し、俺は通話を切った。
────と、ここで真白に顎を持ち上げられる。
「えぇ〜?行っちゃうの〜?あんな女のところに〜?」
後ろから顔を覗き込んでくる真白は、不満げにそう述べた。
どうやら、ずっと聞き耳を立てていたらしい。
『僕の若くんなのに、あの女』と苛立つ彼を前に、俺はスッと目を細める。
「嫌ならやめるが、ここから兄さんのサポートや桐生律子の言動の解明を行うとなると時間が掛かるぞ」
『直接行って、確かめた方が何かと手っ取り早い』と告げた上で、俺は真白に判断を委ねた。
正直、どちらでも良かったので。
「う〜ん……『あの女に関わらない』って、選択肢はないの〜?」
「ないな。もし、本当に危機的状況に陥っているなら助けてやらないといけない」
『今ここで桐生律子を失う訳にはいかない』と主張し、俺は理解を求める。
すると、真白は諦めたように小さく肩を落とした。
「分かったよ、も〜。じゃあ、あの女のところに行こ〜」
「いいのか?」
「うん。だって、あんまり時間を掛けたくないも〜ん」
『さっさと終わらせて、イチャイチャしよ〜』と言い、真白は俺の顎から手を離す。
と同時に、立ち上がった。
壁に立て掛けてあった日本刀を持って歩き出す彼の前で、俺も起立する。
書類を手に持ったまま。
まだ読んでいる途中だった文章へ目を通しつつ、桐生律子の居る部屋へ向かった。
「な〜んか、楽しそうに喋っているね〜」
真白は扉越しに聞こえてくる笑い声へ耳を傾け、小さく肩を竦める。
『これのどこが危機的状況なの〜?』とでも言うように。
早くも誤解やイタズラを疑い始める彼の前で、俺は襖を調べた。
と言っても、じっくり観察する程度だが。
「────ここだな」
不自然に開いた僅かな隙間を見つけ、俺はそこへ顔を近づける。
すると、扉の向こうの様子を確認出来た。
兄さんのことだから、襖を少し開けてくれていると思っていたんだ。
『俺達が来ることは分かっていた訳だし』と思案しながら、視線をさまよわせる。
桐生律子はどこだ?と。
『部屋の間取りから考えるのに、ここら辺の筈だが』と探す中、俺は着物姿の女を視界に捉えた。
「あれか」
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