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第34話『親父からの呼び出し』

「それに、八神組との全面戦争には兄達も賛同している。俺を若頭の座から外したとて、もう衝突は避けられないだろう」  裏社会の完全支配を目論む一番目の兄と桐生律子の復讐を企む二番目の兄を思い浮かべ、俺は『もう手遅れだ』と告げた。 その途端、父は黙り込む。 恐らく、彼も理解していたのだろう。全面戦争を回避することは難しい、と。 でも……だからこそ、俺に『諦める』と言わせたかった。 そうすれば、自ずと兄達も従うから。  一応、『組長命令だ!』と言って俺達の願いを退けることも出来るが、こちらに本気で抵抗されれば親父の立場も危うい。 そろそろ、世代交代を意識する頃だからな。親父よりも次世代の俺達を取る者は、少なくないだろう。  『それでも今、内部分裂に見舞われるのは痛いが』と思案する中、父は目頭を押さえた。 かと思えば、大きく息を吐く。 「……分かった。もう反対はしない」  『若頭の座から下ろす、という話も無効だ』と述べ、父は真っ直ぐこちらを見据えた。 「ただし、条件がある」  そう前置きしてから、父は少しばかり身を乗り出す。 黒い瞳に、強い意志を滲ませながら。 「必ず、八神組を一網打尽にしろ。無論、周囲へ極力被害は出さずに」  不利益を被るような事態になるのが嫌なのか、父は『完膚なきまでに叩きのめせ』と主張した。 実に極道らしい意見を掲げる彼の前で、俺は首を縦に振る。 「言われなくても、そのつもりだ」  八神組の残党を取り逃したり膠着状態が続いたりして長引けば、こちらもただでは済まないからな。 実質的な損害はもちろん、社会的・精神的な被害も大きい。 なので、絶対に一度で全部終わらせる。世間に知られることなく、ひっそりと。  と決意する中、父は肩の力を抜いて座布団に座り直した。 「そうか。なら、いい」  『もう行っていいぞ』と告げる彼に、俺は小さく頷く。 長居無用だと言わんばかりにさっさと腰を上げ、部屋から出た。 すると、廊下で待機していた真白がこちらを見てニッコリ笑う。 「お義父さんとの話し合いは、上手くいったの〜?」 「ああ」  後ろ手で襖を閉めつつ、俺は真白の隣に並んだ。 と同時に、彼は父の部屋へ視線を向ける。 「へぇ〜。じゃあ────殺す必要はなさそうだね〜」 「そうだな」  最悪の場合はこの場で父を亡き者にする算段だったが、無事に理解を得られたので生かすことにした。 父には、出来るだけ長生きしてほしいので。 『世代交代なんてしたら、また面倒な仕事が増えるからな』と思いつつ、俺は歩を進める。 真白も、それに続いた。 「ところで、一つ聞きたいことがあるんだけど」  自室へ戻る最中、真白は改まった様子で話を切り出す。 いつもなら、そんな前置きなどせず速攻で質問を投げ掛けているのに。 『何か重要な案件か?』と思い、俺は足を止める。 「なんだ?」  『言ってみろ』と告げる俺に、真白は手を伸ばした。 かと思えば、手首を強く握り締める。 「────抗争のときって、僕はお留守番なの?」 「!」  ピクッと僅かに眉を動かし、俺は一瞬固まった。 『何故、それを?』と動揺する俺の前で、真白は小さく肩を落とす。 「何も言わないってことは、本当なんだね」 「……ああ」  真白に嘘など付けないので、俺は肯定するしかなかった。 『本当は決戦の数日前に伝える筈だったんだが』と考えつつ、目頭を押さえる。 「何で留守番の件を知っているんだ?」 「サングラスくんが『何で早瀬は連れて行かないんだ!』って、騒いでいるのをたまたま見ちゃったから」 「はぁ……」  『兄貴のやつ……』と|頭《かぶり》を振り、俺は眉間に皺を寄せた。 ────と、ここで真白が顔を覗き込んでくる。 「ねぇ、どうして今回の抗争から僕を遠ざけようとするの?」 「……」  なんと答えればいいのか……正直に理由を話していいのか分からず、俺は判断を躊躇った。 すると、真白は握った手を持ち上げてそっと自身の胸元に当てる。 「若くんが意地悪で、そんなことをしている訳じゃないのは分かっているよ?多分、僕のためなんだよね?」  全面的にこちらを信じ込んでいる真白に、俺は僅かな喜びと疑問を覚える。 だって、以前までの彼なら間違いなく『僕を捨てるつもり!?酷い!』と喚いただろうから。 最近確実に何か変わってきているのを感じつつ、俺は視線を上げた。 「……何故、そう思う?」 「若くんはいつも、僕のこと第一で動いてくれるから。自分の利益も、他者の思惑もかなぐり捨てて……」  そこで一度言葉を切り、真白は胸に当てた俺の手を口元まで持っていく。 と同時に、指先を軽く噛んだ。 「僕のことしか見えていない可哀想で、愛おしい人」  うっとりとした表情を浮かべ、真白は噛んだところを舐める。 その妖艶としか言いようのない所作に、俺は一つ息を吐く。 『こいつはいつも、いつも……』と呆れながら。 「あんまり煽るな。これじゃあ、話なんて出来ないだろ」 「シながら、話すのは無理なの?」 「無理だな。絶対、こっちに夢中になるから」  真白の唇を指でなぞり、俺は『事情説明どころじゃなくなる』と断言した。 すると、真白は 「残念」  と、肩を竦めて引き下がる。 『じゃあ、先に話を聞かせて』と要望する彼を前に、俺は腕を組んだ。 「とりあえず、さっきの質問に答えると────」  慎重に慎重に言葉を選びながら説明し、俺は真白の反応を窺う。 雨宮琉生の件に触れたことで、また情緒不安定になるんじゃないか?と心配して。 でも────こちらの懸念に反して、真白はケロッとしていた。 「なるほどね〜。それで、僕を今回の抗争から遠ざけようとしていたんだ〜」  納得したようにポンッと手を叩き、真白はこちらを見つめる。 『やっぱり、僕のためだったね〜』なんて言いながら。 「だけど、その配慮は不要だよ〜。だって、僕────もうお母さんのこと、気にしてないし」  心底どうでもいいといった様子でそう述べ、真白はヘラリと笑う。 とても嘘をついているようには見えない態度に、俺は 「……そうか」  と、相槌を打つことしか出来なかった。 『本当か?』なんて、確認する気も起きなくて。 「そ〜そ〜。だから、抗争には僕も連れて行ってよ〜」  『お留守番は嫌』と主張する真白に、俺は内心苦笑を漏らす。 寂しがり屋なところは相変わらずか、と思って。 「分かった。ただし、八神哲彦の対応は俺に一任してもらうぞ」  『それは俺の獲物だ』と宣言すると、真白は笑って頷いた。

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