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第41話『結婚』
「────で、そっちの用件は?」
さっさと本題に入るよう促すと、一番目の兄は少しばかり表情を硬くする。
どこか緊張したような素振りを見せつつ、顔を伏せた。
かと思えば、いきなり畳に膝をつく。
「「えっ?」」
俺と真白は思わず声を上げ、膝立ちになる一番目の兄を見つめた。
『崩れ落ちた……のか?』と困惑する俺達を前に、彼は
「結婚を許してほしい」
と、土下座する。
無防備に旋毛を晒す彼の前で、俺と真白は顔を見合わせた。
「兄貴が結婚だと?」
「これまで、女に興味を示さなかったのに〜?」
「どういう風の吹き回しだ?」
「まさか、他の組に婿入りでもして僕達と敵対するつもり〜?」
思ったことをそのまま口にする俺達は、『何か裏があるのか?』と疑った。
すると、二番目の兄が口を挟む。
「待って待って、二人とも。兄上にそんな下心はないよ。僕が保証する」
『本当に何の心配もないから』と主張する二番目の兄に、俺は怪訝な表情を浮かべた。
「何故、そう断言出来る?」
「『何故』って、そりゃあ────兄上の恋のキューピットとして、あれこれ世話を焼いたからだよ」
『頑張って、サポートしたんだから』と語り、二番目の兄は自身の胸を叩く。
まるで、己を誇るように。
「とにかく、兄上の結婚は純粋な恋愛から発展したもので、政略的な意味合いは一切ない。彰達もお相手の素性を知れば、納得する筈だよ」
「そういえば、まだ相手のことについて聞いてなかったな」
『“結婚”という単語に驚き過ぎて忘れていた』と零し、俺は視線を落とす。
未だに土下座したままの兄を見据えて。
「相手は誰なんだ?兄貴」
『きちんと本人に聞いた方がいいだろう』と思い立ち、俺は改めて質問した。
と同時に、一番目の兄はこう答える。
「雛森咲良だ」
雛森……あぁ、あの高級クラブのオーナーか。
やたら肝の据わった女だったから、覚えている。
トントンと指先でテーブルを叩きつつ、俺は天井を見上げた。
あの女なら別にいいか、と考えて。
良くも悪くも、余計な権力や人脈を持たないただの一般人のため。
『賢いやつだから、下手なことはしないだろうし』と思い、俺は前を見据える。
「分かった。結婚を許可する」
『あとは当人達で話し合え』と言い、俺はお茶を飲んだ。
一番目の兄の旋毛を眺めながら。
兄貴の結婚はこちらとしても、悪い話じゃない。
跡継ぎ問題解決の意味合いで。
あと、新たな弱味も出来るし。
恋愛結婚ならではの利点を思い浮かべつつ、俺は襖に視線を移した。
「他に話がなければ、各自部屋へ戻れ」
『せっかくの休日なんだから、ゆっくりさせろ』と述べ、俺はお茶を飲み干す。
と同時に、一番目の兄が顔を上げた。
「ああ、邪魔したな」
おもむろに身を起こし、一番目の兄は退室していく。
次男夫婦もそれに続き、こちらへ一礼してから部屋を出た。
パタンと閉じる襖を前に、真白は俺の方を向く。
「ねぇねぇ、若くん」
「なんだ?」
急須からおかわりのお茶を淹れつつ、俺は話の先を促した。
すると、真白はテーブルに手をついて少しばかり身を乗り出す。
「僕も────結婚したいな〜。もちろん、若くんと」
ヘラリと笑って可愛らしい要望を口にする真白に、俺は少しばかり表情を曇らせる。
別に嫌だった訳じゃない。ただ────
「今の法律だと、それは難しいな」
────真白の願いを叶えられない現状が、歯痒いだけ。
『……法律、変えるか』と真剣に検討する俺の前で、真白は小さく肩を竦めた。
「いや、そんなの僕だって分かっているよ〜」
「なら、さっきの発言はどういう意味だったんだ?」
『ただ言ってみただけか?』と頭を捻る俺に、真白はゆるりと口角を上げた。
かと思えば、ゆっくりと立ち上がる。
そして、布団のシーツを剥ぎ取ると────俺に被せた。
「こういう意味だよ♡」
そう言うが早いか、真白は俺の顎を掴み上げ唇を重ねる。
と同時に、俺は理解した。
真白は本当に結婚したい訳じゃなくて、結婚式や新婚旅行などのイベントを楽しみたいだけだ、と。
それなら、そうと早く言え。休日返上で、法律改正に力を入れるところだったじゃないか。
まあ、こういうお強請りは大歓迎だが。
フッと笑みを漏らしつつ、俺は真白のキスに応える。
舌と舌が触れ合う感触をじっくり楽しみ、ゆっくりと唇を離した。
「誓いのキスにしては、随分と激しかったな。それにまだ誓いの言葉を言っていないぞ」
『結婚式を模しているのに一番重要なところが抜けている』と指摘すると、真白は小さく笑う。
「若くんだって、ノリノリだったくせによく言うよ〜」
『お互い様でしょ〜』と主張する真白に、俺は肩を竦めた。
図星だったので言及を避けよう、と思って。
「なんにせよ、仕切り直しだな」
体ごと真白の方に向け、俺は布団のシーツをもう一枚引き寄せた。
と同時に、彼の頭へ被せる。
ニコニコ笑ってこちらの様子を見守る真白を前に、俺はスッと目を細めた。
やっぱり俺なんかより真白の方が|ベール《・・・》は似合うな、と思って。
『白い髪によく映える』と感じながら、俺は彼の手を優しく持ち上げた。
「俺、桐生彰は病める時も健やかなる時もずっと早瀬真白のことを愛すると誓う」
「僕も若くんのこと愛し続けるよ、永遠に」
誓いの言葉なんて知らないのか、真白は普段通りの口調で答えた。
何とも彼らしい対応に、俺は少しばかり表情を和らげる。
『綺麗に着飾った言葉より、心の籠った一言の方がいいな』と思いつつ、僅かに身を乗り出す。
「ああ、それさえ聞ければいい」
持ち上げた手を強く握り締め、俺は軽い口付けを交わした。
唇に残る柔らかな感触に目を細めつつ、コツンッと額同士を合わせる。
「ちゃんとした結婚式は今度やるから、楽しみにしておけ」
『もちろん、新婚旅行も込みでな』と言うと、真白は笑って首を縦に振った。
すっかり上機嫌になる彼を前に、俺は自身の唇を舐める。
と同時に、真白の肩へ手を掛けた。
「じゃあ、次は初夜だ」
そう言って真白を押し倒し、俺は前髪を掻き上げる。
「自分は誰のものなのか、言葉だけじゃなくて体でも理解しろ」
『それまで寝かせないからな』と宣言する俺に対し、真白は嫌な顔一つせず……むしろ、喜んで
「わん♡」
と、吠えた。
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