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第40話『謝罪』
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思えば、あの誕生日プレゼントの騒動から真白の態度が明らかに変わったな。
きっと、誕生を祝われることで母親に否定された自分の存在を認められるようになったんだろう。
などと考えつつ、俺は一つ深呼吸した。
そろそろ腹を括るべきだろう、と思って。
『これ以上、待たせるのも悪いしな』と心の中で呟き、前を見据える。
緊張のせいで固まる体に鞭を打ち、俺は目の前の襖を開け放った。
すると、雪のように真っ白な髪と真っ赤な血が目に入る。
「あっ、若くん。おかえり〜」
そう言って、ヒラヒラと手を振るのは他の誰でもない真白だった。
足元にある死体を踏んでこちらへやってくる彼は、ニコニコと笑っている。
見えない尻尾を左右に振る真白の前で、俺は
「ちょっと話がある」
と、切り出した。
すると、真白はこちらの異変に気づいたのか大人しくなる。
先程まで、はしゃいでいたのに。
「な〜に?」
俺の前に立ってコテリと首を傾げ、真白は話の先を促した。
『ちゃんと聞いているよ』と示すように真っ直ぐ目を見つめてくる彼を前に、俺は表情を引き締める。
と同時に、頭を下げた。
「すまなかった、真白」
少し掠れた声で謝罪の言葉を口にすると、真白は『えっ?』と声を上げる。
恐らく、突然のことで驚いているのだろう。
「僕、別に謝られるようなことされてないよ〜?」
「……真白からすれば、そうかもしれないな」
『気にしていない』と言っていたことを思い出し、俺はスッと目を細めた。
「でも、俺は違う。だから、謝りたいんだ。謂わば、俺なりのケジメだな」
「ふ〜ん?そっか〜。じゃあ────」
そこで一度言葉を切り、真白はゆっくりと膝を折る。
髪が床につくことも厭わずしゃがんで、下から顔を覗き込んできた。
「────許すよ、若くんが『悪かった』と思っていること全部」
ニッコリ笑ってそう宣言し、真白は俺の頬を両手で包み込む。
優しく、労わるように。
その温もりがなんだかとても心地よくて、俺は表情を和らげた。
「ああ、ありがとう」
胸のつかえが取れたような感覚を覚えつつ、俺は真白の手に自身の手を重ねる。
そして、しばらく余韻に浸ると、おもむろに顔を上げた。
と同時に、真白の手を引く。
「そろそろ帰るか」
────と、提案した数時間後。
俺は真白と共に本邸へ帰還し、兄や父と落ち合った。
そこで簡単な結果報告だけ済ませ、自室へ引っ込む。
正直、今日はとても疲れたため。肉体的にも、精神的にも。
『でも、何事もなく終わって良かった』と安堵しつつ、俺は布団へ寝転んだ。
もちろん、真白も一緒に。
明日になったら、関係各所の連絡と八神組の縄張りの統制をしないとな。
なんて考えながら眠りにつき、俺は翌朝を迎える。
と同時に、後処理へ励んだ。
今回ばかりは、兄達に丸投げ出来なかったので。
『規模が規模だからな』と溜め息を漏らす中、俺は粛々と業務をこなす。
────そんな日々が一ヶ月ほど続き、俺はようやく休息を得られた。
「若くん、朝ごはんだよ〜」
そう言って、優しく俺の頬を撫でるのは真白だった。
ほのかに焼き魚と味噌汁の匂いを漂わせる彼は、一向に起きようとしない俺を見てクスクス笑う。
「まだ眠いたいなら、寝てていいよ〜。これは一人で食べちゃうから〜」
『若くんはゆっくりしていて』と気遣い、真白は布団を掛け直した。
かと思えば、傍を離れる。
恐らく、|テーブル《ご飯》の方へ行ったのだろう。
「いただきま〜す」
『冷めないうちに』と食事を始め、真白はカチャカチャと食器の音を鳴らした。
間もなくして小さな咀嚼音が鼓膜を揺らす中、彼は
「あっ、この焼き魚しょっぱ〜い」
と、感想を述べる。
『今日の炊事担当はハズレだったか』と思案する俺を他所に、真白は小さく唸った。
「塩加減、間違えちゃったかな〜?ちゃんとレシピ通りに作った筈なんだけど〜」
「おい、ちょっと待て」
勢いよく体を起こし、俺はテーブルについている真白を見つめた。
と同時に、前髪を掻き上げる。
「今日の朝食は真白の手作りなのか?」
「うん、そうだよ〜。お疲れの若くんに何かしてあげたくて、厨房を借りたんだ〜」
『書類仕事では、全く力になれなかったし〜』とボヤき、真白は二人分の食事を見下ろす。
「お昼はもっと美味しく作るから、期待してて〜」
『これはちょっと食べさせられないな〜』と主張する真白に、俺は眉間に皺を寄せる。
「真白の手料理は全て食べる。だから、朝の分も寄越せ」
「えぇ〜?でも、これ失敗しちゃったよ〜?」
「関係ない」
真白の作ったものなら毒でも食べられるため、俺は迷わずテーブルへ着いた。
出来たての朝食を前に、
「いただきます」
と、手を合わせる。
もうすっかり眠気など吹き飛んでしまった俺は、黙々と真白の手料理を食べた。
「────ごちそうさま」
あっという間に料理を平らげ、俺は向かい側の席に座る真白へ視線を向ける。
「美味かった」
「本当〜?しょっぱくなかった〜?」
「確かにいつもの味付けと比べて塩分は高めだったが、個人の好みで片付けられるレベルだったぞ。正直、騒ぎ立てるほどのことではない」
『初心者ということを抜きにしても、いい出来だった』と褒めると、真白は照れ臭そうに笑った。
本心で言っているんだと分かって、喜んでいるのだろう。
「そっか〜。なら、良かったよ〜」
『お昼も腕によりをかけて作るね〜』とはしゃぐ真白に、俺はコクリと頷く。
────と、ここで部屋の扉をノックされた。
「彰、もう起きているかい?ちょっと相談があるんだけど」
襖越しに聞こえてくる二番目の兄の声に、俺は一つ息を吐く。
朝っぱらから、何の用だ?と思いながら。
『無視することも出来るが、急用だったらな……』と考え、俺は顔を上げた。
「入れ」
仕方なく入室を許可すると、直ぐに襖が開いた。
かと思えば、次男夫婦と一番目の兄が姿を現す。
『桐生律子までは予想していたが、何故兄貴も?』と疑問に思う中、彼らは中へ足を踏み入れた。
「朝早くにごめんね、彰」
二番目の兄は申し訳なさそうに手を合わせ、『直ぐに終わるから』と述べる。
長居はしないという意志の表れか、出入り口付近から動こうとしなかった。
「とりあえず、用件を言え」
『御託はいいから』と告げ、俺は食後のお茶を飲む。
と同時に、二番目の兄が手を挙げた。
「じゃあ、まずは僕達から」
一番目の兄とは別件なのか、彼はそう前置きして話し出す。
「律子と新婚旅行に行きたいんだけど、いいかな?」
『そろそろ仕事も落ち着いてきたし』と言い、二番目の兄はチラリとこちらの反応を窺った。
「もちろん、贅沢は言わないよ。一週間程度の休暇を貰えれば、それで……」
「同行する人員や旅行の費用は最小限に抑えますから、何卒……」
桐生律子も説得に加わり、『お願いします』と頭を下げる。
波乱の連続で、新婚らしいことは何も出来なかったため、『これだけは……』と考えているんだと思う。
新婚旅行、か。八神組との全面戦争では、二人ともよく働いてくれたし、それくらいの褒美があってもいいだろう。
何より、今の環境じゃ子作りなんて出来ないだろうからな。
たまに二人きりになれる機会を作ってやらないと。
『下世話な話だが、俺にとっては重要だし』と思案しつつ、湯のみを置いた。
「好きにしろ」
『ただし、本邸からあまり離れ過ぎないように』と注意し、俺は腕を組む。
いざという時、駆けつけられる距離に居ないとお互い困るため。
『いつ何があってもおかしくない環境だからな』と考える中、二番目の兄はコクリと頷いた。
「ありがとう、彰」
「心から、感謝申し上げます」
うんと目を細めて喜び、桐生律子は二番目の兄と笑い合う。
『いい旅行にしよう』と奮起する彼女を他所に、俺は一番目の兄へ視線を向けた。
「────で、そっちの用件は?」
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