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第6話 悪いことは絶対にバレる

※万年青二三歳様主催の #ra散歩 参加作品です。 「かつて全raになって散歩することが日課になっていた俺だが…」を共通の書き出しとする愉快な企画でした。  かつて全raになって散歩することが日課になっていた俺だが、今はやっていない。  そもそもなぜ全raで散歩していたかというとストレスからだ。    高学歴で大企業の取締役をしている両親の元に生まれ、優秀な兄と妹に挟まれた平凡な俺。  兄妹よりも何倍も努力しなければ同等の成績は取れない。  両親は俺が悪い成績でも頑張ったと褒めてくれたし、それ以上を無理に求めることはなかった。  でも、褒められるなら人に自慢できる成績でありたい。  見栄っ張りな性格でやればできる子だった俺は人一倍努力して勉強も運動もできた。  その無理をしすぎた結果、大学受験という人生を左右する分岐点を目前にストレスが一気に襲いかかってきた。  もちろん好きなスポーツも読書もしたし、温泉やサウナに行ったりもしてストレス発散を試みた。  けれど、ストレスは一向に減らない。    勉強もストレスも煮詰まっていたある夏の深夜。  俺は何をトチ狂ったのか全raになり、静まり返った家を後にした。  高級マンションはホテルのような空間だ。  上質な絨毯が長い廊下に敷かれていて、黒色の壁を照らすのはオレンジ色の落ち着いた照明だ。  薄暗い廊下では遠目では俺が全raだとわからない。  マンションの一部分とはいえ公共の場で全raになると開放感があり、ストレスがぱあっと消滅するのが自分でもすぐにわかった。  いけないことだとはわかっていた。  でも、あの開放感が忘れられず、俺は勉強が終わると夜な夜な全raでマンションを散歩するようになったのだ。  最初は自分の家のある階の廊下だけだったのが他の階に移るようになり、十階建てのマンションの階段を駆け上がったり駆け降りたりした。  流石に二十四時間コンシェルジュが常駐しているロビーには行けなかったけれど、そこは俺の楽園だった。    だけど、神様はちゃんと俺のことを見ていた。  あれだけ頑張って勉強したのに、真冬でも全ra散歩をしていたせいで入試当日に発熱し、予備日に試験を受けるも後がないプレッシャーに勝つことができず頭が真っ白になった。  結果、模試ではA判定を貰っていた本命の有名大学に落ち、滑り止めの滑り止めだった並の大学にしか受からなかった。  因果応報というやつだ。  実家から通うには不便なその大学に通うため、俺は両親のセカンドハウスのひとつであるマンションに一人暮らしすることになった。  といっても、お手伝いさんが俺のいない間に掃除も洗濯もしてくれるし、ご飯も作っておいてくれるから俺が家のことをすることはほとんどない。  大学の勉強も本来の俺のレベルで、高校まであったグループ企業ごとの派閥もなく、必要以上に見栄を張る必要もない。  比較対象の兄や妹は視界にないし、たまに気合を入れて深夜過ぎまで勉強したとしても翌朝心配そうな顔をする家族はいない。  住んでいる家だけは身の丈に合わないけれど、一人で暮らして自分の実力に合った大学に通うのはストレスフリーだった。  そんなわけで、深夜に開放感を求めて全raで散歩する必要もなくなったのだ。  真っ当な生活を始めて四ヶ月。  友達と海や山に行って遊び歩き、充実した夏休みを過ごしていたある蒸し暑い夜のことだった。  風呂上がりにインターフォンが鳴った。  俺は慌てて服を着て玄関ドアを開けると、そこにはなんとなく見覚えのある男の人が立っていた。  艶のある少し長めの黒髪に凛々しい顔。  長身に筋肉質な体格は羨ましいと思うほどだ。  歳は俺の少し上くらいに見える。 「こんばんは。隣に引っ越してきた小日向です。昼間に挨拶をと思いたんですけど、作業が押してこんな時間になってしまって……」  桐箱に入った高級そうな引越しそばを差し出され、俺はそれを会釈して受け取った。   「ご丁寧にどうも。水無月海里です」 「知っています。望月グループの分家、水無月家の次男で今は星風大学一年生。ですよね?」 「そう、ですけど……なんで」 「俺も星風大学なんです。今は四回生で、大学構内で見かけたことがあって」 「あ、なるほど」  だから見覚えがあったみたいだ。  確かにこんなイケメンを見たら記憶の片隅には残るはずだ。   「あと、海里くんの実家やこのマンションも経営している小日向不動産の経営一族でね」 「そうなんですね。いつもお世話になっています」 「いえいえ。そうだ、海里くんに見せたいものがあるんだった」  小日向さんはチノパンのポケットからスマホを取り出すとタプタプと操作してその画面を俺に見せてきた。  それを見て俺は全身から血の気が引いた。  だって、そこに写っていたのは俺が全raで散歩している動画だったからだ!  こんなもの、誰かに見られるわけにはいかない。  俺は半分開けていた玄関ドアを全開にすると、小日向さんの腕を掴んで家の中に引き込んでバタンと乱暴に閉めた。 「情熱的だな。早速家に上げてくれるの?」 「違います! なんでその動画⁉︎」 「親の手伝いで海里くんの実家のマンションの管理を任されていてさ。暇な時に防犯カメラを眺めてたから海里くんがこんな面白いことをしてたんだよね」 「それ! 消してください!」 「全raで流行りのアイドル曲を鼻歌で歌いながらスキップしている海里くんの動画を?」 「うわああああ皆まで言うなぁああああ!」  小日向さんの胸倉を掴んで揺さぶるけれどびくともしないし、肝心の動画を流しているスマホは天井に伸びた手に握られていて届かない。  さっきまでの柔和な笑みは跡形もなく、小日向さんは意地悪くにやりと口角を上げた。 「消してもいいけど、俺の言うこと聞いてくれる?」 「何でも聞く! 何でも聞くから俺の黒歴史を消してくれ!」 「いいよ」  俺が叫ぶと、小日向さんはすぐに目の前で動画を消してくれた。  これで一安心だ。  胸を撫で下ろしたのも束の間、顎に指がかけられ上を向かされた。  そこには変わらずにやりと笑う小日向さんがいる。 「俺とオツキアイ、してくれるよね?」 「ひッ……は、い……」  こうして、俺と小日向さんとの変な関係が始まってしまった。  どうなる、俺の大学生活⁉︎

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